
―ノーベル文学賞を取れなかった安部公房
今回は岡田英次ロンドで勅使河原宏が監督した映画『砂の女』です。岸田今日子がタイトルロールの「砂の女」を演じていて、主人公を演じる男優はMAVO村山知義の「新協劇団」に参加していたことがある岡田英次です。
原作はノーベル文学賞候補と言われ続けていた安部公房の代表作です。国際的な評価もすこぶる高く、かなり早い時期から各国語に翻訳されていて、私も読めないのに仏語版『砂の女』を持っている程です。ちなみみに、会田誠『ミュータント花子』の仏語版がミヅマアートギャラリーに現在再入荷となっているので、購入しようかどうか迷っています。
何年か前の女優山口果林による暴露本では、久々に安部公房がしっかりと露出していて?若い頃は熱烈な公房ファンだった私には、結構嬉しいものがありました。因みに「山口果林」という芸名の名付け親は安部公房で、彼女の複数の芸名候補の中には「山口晃」というのもあったようです。
映画『砂の女』のアメリカ公開時の世話役は安部公房とも親交のあったドナルド・キーンでした。配給会社から髪の毛の長い日本人女性の通訳を用意されたキーンは「源氏物語を原典で読みこなすこの私に通訳だって?」と思ったそうですが、後に、その通訳はかのオノ・ヨーコであったことが判明したそうです。
何年か前に森美で開催された「ウォーホル展」の時に「ファクトリー」を訪れた著名人の映像が会場に流れていました。岸田今日子や岡田英次の顔も見られ、確認は出来なかったのですが、多分アメリカでの『砂の女』公開キャンペーン目的で渡米した際に「ファクトリー」も訪問したのではないのかなと私は思っています。
―とても読みやすい文体の作品
映画『砂の女』は原作にほぼ忠実に作製されています。穴の中に閉じ込められ砂を掻きだすことを強いられながら岸田今日子と二人で暮らすという羨ましい?生き方をしている主人公(岡田英次)が、穴から脱出することに成功するものの、また穴に引き返して歳月が過ぎ、遂には失踪宣告を受けるというストーリーです。学生時代は法学部に在籍していたので、失踪宣告という言葉を目にする度に『砂の女』を思い起こしていました。安部公房作品の特徴は、引き締まっていて、かつ大変読みやすい文体にあると私は思います。読み始めると一気にぐいぐいと引き込まれてしまうのです。私の学生時代の通学時は千代田線西日暮里~小田急線新百合ヶ丘間の長い距離を乗換無しで乗っていて、隣に座っていた見ず知らずの若者が読んでいる『砂の女』を横目でずっと追い続けていたこともありました。

このブログデビューにあたり臼井先生の事前準備講座を受講していたのですが、その講義の中で、ちょうど都美にて開催されていたブリューゲル「バベルの塔展」の関連課題が与えられました。学生時代に読んだきりだった安部公房の芥川賞受賞作品『壁』の中の「バベルの塔の狸」が何十年もの時を経て、その挿絵と共に急に蘇ってきたことは驚きでした。展覧会はよっぽどでないと(東博「運慶展」は最初の夜間開館時に閉館21時まで粘り三周しましたが、それでも時間が足りませんでした。無着・世親像を四天王がとり囲んでどうだと見せつけてくる空間は、これはもうコンテンポラリーアートだなと思いました。)早足であっさりと観てしまうタイプなので、鑑賞時には「バベルの塔の狸」のことは全く思い浮かばなかったのですが、授業の中での課題というプレッシャーの中では脳の回路が全く異なる働きをするせいなのかもしれません…
―軍艦島に早くから着目していた安部公房

安部公房はかなりの写真好き(メカがかなり好きだったようです。流石、東大医学部出身の理系!)で、今日では数多くのアーティストの写真、絵画、パフォーマンス等によって紹介されている「軍艦島」を写真と文章で随分前から取り上げていて、雑誌等でも「軍艦島」以外に工事用具売場やタンクローリーに写った光景等かなりユニークな視点からの写真を沢山披露していました。そんな安部公房の撮影した写真展を世田谷文学館か都写美あたりで開催してくれないものかと、ずっと心待ちにしているのですが、未だに実現致しません。あるいは北区滝野川の住民としては、地元出身の偉人として北区で小規模でもいいから(田端文士村記念館は時代もエリアも外れるから×なのでしょう)何か安部公房関連企画展を開催してくれないかと淡い期待を抱き続けています。北区にはドナルド・キーンも住んでいる訳ですし、行政としてはやらないといけないのではないでしょうか?
世界的な著名人が執筆した原稿(文学、論文、楽譜等)を眼鏡越しに撮る写真家米田知子による作品で、安部公房『箱男』の原稿を今年はアートフェア東京2017や上野桜木の市田邸(あの「獺祭」も協賛している「国際フォトフェア」にて市田邸に初入場しました。市田邸に入れる機会があったら是非入られることをお勧め致します。)で鑑賞することが出来ました。冒頭で安部公房の露出が減ってしまったと嘆きましたが、こんな形での露出もある訳で、彼の残した深い足跡が消え去ることは決してないでしょう。
次回は著名な文学作品の映画化という「ロンド」で小泉八雲の原作を小林桂樹が監督した『怪談』です。主役は「耳なし芳一」に使用された中村正義による『源平海戦絵巻』五部作です。