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38.『天井桟敷の人々』肌は白いけど腹は黒い男が「白い男」を綴る

38.『天井桟敷の人々』肌は白いけど腹は黒い男が「白い男」を綴る

-「陽のあたらぬ文学史」に燦然と輝くバティスト

(出典)天井桟敷の人々 [DVD] パイオニアLDC 2002/09/26

今回はマルセル・カルネ監督、ジャック・プレヴェール脚本の不朽の名作『天井桟敷の人々』です。3時間を超える長尺映画で第一部「犯罪大通り」第二部「白い男」の二幕構成となっていて、劇場で観ると舞台を観ているような感覚で楽しめます。ナチスドイツ占領下のヴィシー政権下で制作されたフランスの超大作で、ニースのラ・ヴィクトリーヌ撮影所(最初の頃に綴りましたトリュフォー『アメリカの夜』が撮影された所です。)にセットが組まれました。音楽を指揮しているのは名指揮者シャルル・ミュンシュで、彼はアルフォンス・ドーデ『最後の授業』でお馴染みのアルザス・ロレーヌ出身ですので、ドイツ人ということになります。

学生時代に旧オペラ座のバックヤードを見学していたら、この映画の主人公たるジャン・バティスト・デビュローのピエロ姿の肖像画がかかっていて、パリ大改造前の「旧犯罪大通り」はこの辺りだったのかなと思いました。

今思うと、初めて訪れたパリに到着すると真っ先にラ・ロシュフーコー通りのモロー美術館を訪れたり、サンジェルマン・デプレのクリュニュー美術館を見学したりと、かなり渋いというか相当屈折した学生だったようです。

第一幕「犯罪大通り」では饒舌なシェークスピア劇を得意とするピエール・ブラッスール演じるフレデリック・ルノートルとジャン・ルイ・バロー演じるパントマイム役者バティストがドラマを牽引していきます。この二人にマルセル・エラン演じる犯罪紳士ジャン・フランソワ・ラスネールが絶妙に絡んできます。ラスネールの口癖 ”absolument pas” (英語のdifinitely notにあたる仏語)は映画を観終わると思わず真似をしたくなりました。この三人は実在の人物で、澁澤龍彦『陽のあたらぬ文学史』にも犯罪紳士ジャン・フランソワ・ラスネールはしっかりと取り上げられています。また、バティストが傷害事件を起こし裁判沙汰になった時は、パントマイム役者の肉声が聞けるということでパリじゅうの話題になったそうです。

-プレヴェールの名台詞にただ酔いしれる

この作品に散りばめられた大詩人プレヴェールの詩そのもののような数々の名台詞には圧倒されます。

ヒロインのギャランス「何故インドなの? 遠いからよ」 バティスト「知らなかった 恋がかくも容易きものとは」 下宿屋のおかみ「バティストは出ていくわ 野良猫(プレヴェールの常数です)のように」

バティスト「今日、僕の魂は死んだ」 バティストの妻ナタリー「帰るところのある人はいいわ 出ていけば名残惜しまれ、帰ってくれば想い出に飾られて懐かしがられ」等々、思いつくままに綴っても湯水のように溢れ出てきます。

多少、仏語が判るとルノートル「リオンとつくものは沢山演じた ピグマリオンも」では、ピグマリオンの中にリオン(仏語のライオン)が含まれているのかと楽しめます。

-時の老人が暴くものは

愛の勝利の寓意 1545 ロンドン、ナショナル・ギャラリー

第二幕「白い男」では立派なシェークスピア役者となったフレデリック・ルノートル演じる舞台『オセロ(「嫉妬」のメタファーでしょう)』の幕間に、伯爵夫人となった元女芸人ギャランスと大人気のパントマイム役者となったバティストの逢瀬をジャン・フランソワ・ラスネールがカーテンを捲って伯爵に見せつけるシーンを見る度にマニエリズモの巨匠ブロンチーノの大傑作『愛のアレゴリー』を想起しています。個人的に、ロンドン・ナショナルギャラリーの一点を選べと言われれば、迷いなくこの作品を選びます。メーテルランク『青い鳥』でも印象的に登場する「時の老人」が、幕を捲って真実を暴く姿が印象的に描かれているこの作品の前で立ち尽くしていると、バングラデッシュ人スタッフから「そんなにこの作品が気に入ったか?」と話しかけられました。

狂言回し的な役割の古着商ジェリコを演じているのは、かのオーギュスト・ルノワールの長男ピエール・ルノワールです。(次男の映画監督ジャン・ルノワールについては言うまでもないですよね。10年程前の文化村ミュージアムでのフランス企画を持ってきた「ルノワール+ルノワール展」では、ジャンの映像に父オーギュストの作品の影がという切り口が大変印象的でした。屈折している私は若い頃には画家ルノワールに全く関心がなかったのですが、次男の映画のファンになったことにより関心を持ちました。このブログ終盤には『黄金の馬車』を予定しています。)

-『天井桟敷の人々』が日本にやってくると

(出典)女と三悪人[DVD] KADOKAWA / 角川書店 2014/11/28

この『天井桟敷の人々』を時代劇に変奏している『女と三悪人』という日本映画があります。市川雷蔵、勝信太郎、山本富士子、中村玉緒等々当時の大映看板スターを揃えた正月映画だったようです。

「犯罪大通り」ならぬ「泥棒横丁」を舞台に、ジャン・ルイ・バロー演じるバティスト役を市川雷蔵が、アルレッティ演じるギャランス役を山本富士子(美しさはアルレッティを遥かに凌いでいます)が、マリア・カザレス演じるナタリー役を中村玉緒が扮しています。第二幕「白い男」ラストでの主人公の男女がカーニヴァルの仮装をした群衆の踊りにがさえぎられてしまうシーンが、『女と三悪人』では江戸の名物?火事が発生し町火消しの集団が梯子を持って威勢よく横切ることで二人をさえぎるというように巧みに置き換えられていて見事です。

-ラストを締めくくる素顔をさらした心の叫び

普段は素顔の観客の前で、自らの顔を仮面のように白く塗っているバティストが、妻子も訪ねてきているこのラストシーンでは仮装をした人々の前で素顔をさらして「ギャランス~」と愛しい女の名を心より叫ぶ姿は実に感慨深いものがあり、そこにシャルル・ミュンシュの指揮する熱い音楽が被さってくるのです。舞台なら間違いなく割れんばかりの拍手喝采となることでしょう。

次回はパントミーム(パントマイム)のロンドで静謐な世界の代名詞たる松本竣介にチャレンジしてみたいと思います。(が、竣介を綴るには未だ未だ未熟者で、ここで断筆かも…モードであります。)

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
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