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「写実」ってなに?

「写実」ってなに?

「写実」のルーツ

19世紀のフランスで流行する「写実主義」は、ギュスターヴ・クールベによって、有名となった。

ギュスターヴ・クールベ 《オルナンの埋葬》1849-1850

 

クールベの故郷、オルナンの埋葬場面を描いたこの作品は、1855年の万国博覧会に出品。しかし、歴史画にも匹敵するその大きさによって、一大スキャンダルとなった。

それをきっかけに、彼が個展を開いたエピソードは、結構有名である。

しかし、後世の画家たちに影響を及ぼしたのは、彼のスキャンダルでも個展でもなく、彼の制作スタンスであった。

「写実主義(レアリスム)」という言葉は、クールベや批評家エドモン・デュランティによって、大きな逆風を受けながら広まっていくのだが、面白いことに、この「写実」の解釈が、時代とともに変わっていくのである。

何にそっくり?

「写実」は平たく言えば、「そっくり」という意味である。19世紀の、印象派につながる作風の流れは、この「そっくり」の解釈を、クールベとモネで比較すると面白いし、分かりやすい。

クールベの「そっくり」は、ズバリ「見たまま」。「オルナンの埋葬」では、クールベは、葬式の場面を、自身が見たままに、忠実に描いている。

これに対して、モネの「そっくり」は、「感じたまま」。「日傘の女」で重要視されているのは、「皆がどんな女に見えるか?」ではない。「モネがどんな女だと感じたか?」なのである。

クロード・モネ 《日傘の女》 1875

 

また、当然のことながら、人間の感性は、時間と共に移り変わるし、対象も時々刻々変わっていく。

だからこそ、モネの場合には、ひとつの対象を何度も描く「連作」が可能なのである。

クロード・モネ 《ルーアン大聖堂 (夕日)》 1894
クロード・モネ 《朝日の中のルーアン大聖堂》 1894
クロード・モネ《ルーアン大聖堂(曇り)》 1894

 

印象派作品を鑑賞するとき、画家が何に対して「そっくり」を狙ったのかを探るのは、かなり面白い見方であると思う。

おしまいに

「写実」とか「レアリスム」というと、かなり専門色の強い言葉になってしまい、極端な場合には、作品鑑賞の妨げになってしまいかねないと思う。

でも、要は「そっくり」なのだ、と思えば、今回書いたような見方は、誰もが簡単に、気づけるところなのではないだろうか?

「言葉の雰囲気に惑わされない」ことも、作品の鑑賞では、大事なのかもしれないなあ・・・。

この記事のライター

aloreライターmilkhoppy
<出身>
仙台生まれの東京・川崎育ち。

<所有資格>
アートエバンジェリスト、美術検定2級、教員免許。
 
<意気込み>
「正確なインプットと分かりやすいアウトプット」を、常に心がけ、頑張りたいと思います。
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