
水墨画作品をどうやって楽しむか?
2017年上半期は、「特別展 雪村」や「特別展 茶の湯」など、水墨画作品が出品される展覧会が多かった。
今後も水墨画を鑑賞する機会はたくさんあると思われるので、「水墨画の楽しみ方」を自分なりに考えてみた。
水墨画とは何か?
水墨画とは文字通り「墨」で描いた絵画のこと。もう少し詳しく定義すると、以下の矢代幸雄氏の記述が分かりやすい。
(引用)絵画は色彩、線、および明暗濃淡の調子、という三要素より成り立っている。水墨画とは、それら、絵画の三要素のうち、色彩から離脱し、線と明暗の調子とを大いに発達させて、それらにすべての精神的含蓄を託したところの、特殊なる絵画形式ーそれをいうのである。
(矢代幸雄、水墨画、岩波書店、1969、5-6)
我々が絵画作品を楽しむ際、意識的、無意識的に関わらず、そこに含まれる「色彩」、「線」、「明暗濃淡の調子」に注目しているところは疑いようのないところである。
しかし、矢代氏の定義にもある通り、水墨画では、このような「楽しみ方」は通用しない。作品に「色彩」の要素がないからである。
そこで、「線」と「濃淡」を頼りに作品を味わうことになる。
水墨画はどのように生まれたのか?
水墨画は中国で産声をあげ、鎌倉時代の「元寇」をきっかけに、禅宗(臨済宗と曹洞宗)の教えと共に日本に流布したと言われている。
では、なぜ中国で水墨画が生まれたのか?
この答えは実は非常にシンプルである。
(引用)東洋において、かくのごとき特殊なる絵画形式が成立したについては、まず絵画材料として、そういう目的のために絶好なる墨、および墨の性質をよく画面に生かし出すところの絹或いは紙、ならびに墨を溶かした墨汁を画面に運び、それに種々なる芸術的表現をなさしむるところの筆、この三者の発明が、中国の非常に古い時代において、なされていたからであった。
(矢代幸雄、水墨画、岩波書店、1969、6)
すなわち中国では、書と同じように、墨、絹または紙、筆の三つが揃っていたために、「これで絵を描いてみる」という発想が生まれた。
そして、このようにして生まれた水墨画は、鎌倉時代に海を越えて日本にも伝わった。
伝来当初は、中国の牧谿の作品が好まれたようである。これをもとに、黙庵や可翁などの日本の禅僧が水墨画を盛んにさせていった。
鎌倉時代に伝わった水墨画は、室町時代になると明兆、如拙、周文などの「専門画僧」が出現する。
私の水墨画の楽しみ方
どんな絵画作品を鑑賞するときでも当てはまるが、作品を目の前にしたときに、最初に考えることは、「何が描かれているか?」であろう。

上の作品は、雪舟の「天橋立図」であるが、タイトル通り、ここに描かれているのは京都の天橋立である。
水墨画の面白さはここから。「雪舟は天橋立をどんな風に描いたか?」を考えるのである。
遠近感を「近くを濃く、遠くを淡く」という、「墨の濃淡」で表現するというのは、水墨画ならではであろう。また、水面の透明感の表現の巧みさも、舌を巻くところである。
色彩の伴う油彩などの絵画作品と比較して、技巧面をよりクローズアップして楽しむのが、私なりの「水墨画の楽しみ方」である。
絵画の楽しみ方は人それぞれ。ちょっと地味なイメージを抱きがちな水墨画かもしれないが、作品を目の前にすれば、そんなイメージは、すぐに吹き飛んでしまうこと請け合いである。