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ムーミンだけじゃない!魂の画家トーベ・ヤンソン

ムーミンだけじゃない!魂の画家トーベ・ヤンソン

日本での二度のテレビアニメ化、昨今の北欧ブームもあり、人気キャラクターとしてすっかり定着したムーミン。ムーミン作品の生みの親は、スウェーデン語系フィンランド人、トーベ・ヤンソンです。
アニメや児童書の印象が強いため、トーベは児童文学作家であると認識している方も多いのではないでしょうか。しかしトーベ本人は、自分は画家であると考えていたそうです。ムーミンという作品を大事にはしていましたが、本当にやりたかったこと、評価されたかったこととは、どうも違ったようなのです。

早熟の怖いもの知らず

1914年、彫刻家の父ヴィクトル・ヤンソンと挿絵画家の母シグネ・ハンマルステン=ヤンソンの間に長女として誕生したトーベ。彼女は幼い頃から「画家になりたい。それ以外はない」と心の底から考え続けていたといいます。早熟だった少女は弱冠15歳で政治風刺雑誌『ガルム』の挿絵画家としてデビューし、1953年の廃刊まで常連画家として活躍します。戦時中は大胆にも本名の署名入りでいくつも風刺画を発表しました。一目見てヒトラーやスターリンだとわかる人物を軽妙に茶化すユーモアたっぷりな絵は、今見ても笑ってしまいます。
トーベは地元の学校に馴染めず中退してしまいましたが、画家としての腕を上げるべくフィンランドを飛び出し、母の母国スウェーデンやヨーロッパの各地をまわって絵画修行の旅をし、画家として成長していきます。1930年代、大型の油彩画でモニュメンタルなものが中心だった彼女の作品には、当時のシュルレアリズムの影響が見て取れます。それと同時に、神秘的であり印象的な、物語性のある風景画も生み出しています。トーベは有望な若手芸術家として、高い評価を得るようになっていきました。

戦争が与えた心の傷

第二次世界大戦が激化するにつれ、不安や疲労で精神的に追い込まれたトーベは、絵を描くことができなくなってしまいました。
彼女は自分自身を癒すため、ムーミントロールを主人公にした最初の物語『小さなトロールと大きな洪水』を書きはじめました。小さなムーミンはトーベ自身、家族思いで優しいムーミンママは母シグネ、冒険が好きで家長意識の強いムーミンパパは父ヴィクトル。一家を襲う大洪水には戦争の影を感じます。失踪したムーミンパパを探しに出かけるお話ですが、反ユダヤ主義でナチス・ドイツを信じていたという父ヴィクトルと心が通わなくなっていた寂しさを表現していたのかもしれません。物語の結末でムーミン一家は無事に再会を果たし、美しい小さな谷で新しい生活を始めます。物語を紡ぐことで心の傷と向き合い、家族という自分の基礎と向き合った彼女は己を取り戻し、1943年にはヘルシンキで初の油彩個展を開きました。
終戦の年、トーベは恋人のアートス・ヴィルタネン(スナフキンのモデルとされる)の薦めでムーミンの物語を世に出す決意をします。物語が刊行された当初、「子供向けの内容ではない」という批判を受けた彼女は「この物語は私自身のために書いたもの。誰かを教育しようと思って書いたものではない」とはっきり答えました。児童書にありがちな押し付けがましさをムーミンの物語に感じないのは、徹頭徹尾自分のために書いた物語だからなのかもしれません。

画家としての再出発

イギリスの新聞でムーミンの漫画を連載したことをきっかけに、トーベとムーミンの名前は世界的に知られるようになっていきました。商品化に舞台化にとムーミン産業が拡大するほど、トーベは画家としての時間をなくしていきました。皮肉なことに、個展を開いてもムーミンの作者という色眼鏡で見られてしまい、まともに批評すらされません。漫画の連載を共同執筆していた弟に譲り、画家としてのキャリアを積み直し始めますが、フィンランドの画壇は彼女を金儲けに走った人間と見なし、なかなか受け入れてはくれませんでした。それでも彼女は真摯に絵画と向き合い、馴染めなかった抽象表現を取り入れる努力をします。抽象作品の中にも具象的要素を組み込み、物語性を感じさせる彼女らしい作品を残しました。

「すべてが正反対の人生を」

晩年、インタビューを受けていたトーベは、「自分の人生はカラフルで幸せだったけれど、大変な時もあった」「自分にとって大切なのは仕事であり、愛は二の次だった」と強く語ったそうです。そして、「もし人生をやり直せるなら、すべてが正反対の人生を送るだろう」と話を締めくくりました。
現在、フィンランドの研究者の見解では、トーベは画家としてはいつも一歩遅れていて、とてもフィンランドを代表する画家とは言えないとのこと。画家として成功したかったトーベを思うと、いつかこの評価が覆される日が来ないものかと、つい願ってしまいます。

世界中で愛され続けるムーミン物語。2019年には埼玉県飯能市にムーミンのテーマパークが開園する予定だそうです。
大人になった私たちは、原作者トーベ・ヤンソンの思いに寄り添うことができ、子供の頃とはまた違った角度でムーミン物語に向き合うことができます。トーベの人生哲学が詰まったムーミン物語に、この機会に今一度、触れてみてはいかがでしょう。

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この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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