AE-Salon Webマガジン「alore(アローア)」

25.『鉄道員』ジェルミ父さんのラ・ファミーリアの絆

25.『鉄道員』ジェルミ父さんのラ・ファミーリアの絆

―イタリア名監督は名優揃い?

今回は「ファミリー」ロンドでピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』です。エットーレ・スコラに『ラ・ファミーリア』という映画もありますが、やはり一家の長たるタイトルロールの鉄道員(イル・フェロヴィエーレ)の父親を演じる監督兼主演男優のジェルミの存在感でロンドしました。

(出典)鉄道員 [Blu-ray]   株式会社アネック 2017/02/21
先月メゾン・エルメスで名匠ヴィットリオ・デ・シーカが役者としてだけ出演しているマックス・オフュールス監督『たそがれの女心』を観てきましたが、デ・シーカの演技・容貌ときたらプロの男優の領域で、主演男優シャルル・ヴォワイエよりも心に残るものを感じました。イタリア人の監督は名優が揃ってますね!

鉄道員を主軸に彼の家庭と仕事(人身事故やスト破り)が描かれていますが、描かれる家庭・家族には「懐かしさ」を覚えてしまいます。

―イタリアとかっての日本の類似性について

イタリア人の家族愛、郷土愛は、かっての日本に通じるものがあるように私には思われます。その背景には南北に長い国土の上に存在する州と幕藩体制時代の藩の風土には、言葉にしても食文化にしても共通するものがあったからではないでしょうか?

イタリアでは自分が暮らしていない他の州の名前が全てのイタリア人に広く認知されているとは言えず、例えば北部の州の人間が南部の州の名前を全部言えるかどうか疑わしいというのと同様、日本でも関東出身の人間が全て中国地方の5県を正確に並べることが出来るかどうかは疑問に思われます。

言葉も江戸時代に津軽藩人と薩摩藩人が会話をしたらどうだったのかなと想像をたくましくしてしまいますが、今日でも「日本のNHKテレビやラジオで話されているのが標準イタリア語なのだろうが、実際にイタリアではこうは話されていないな~ 強いて言えばペルージャあたりのイタリア語なんが近い感じかな?」と言っていたイタリア人もいます。

全く同じ構図ですが、「イタリアにはイタリア料理なんてものはないのよ。あるのは各州の郷土料理だけ。イタリア料理が食べたかったら、日本か米国に行けと普通のイタリア人は言っているのよ。」と私がかってイタリア語を習っていたローマ出身のクラウディア・トリピチアーノがよく口にしていました。中田英寿が初めてイタリアに行った時に、通訳として同行した彼女が中田と並んでアップで写っているスポーツ新聞の写真を地方都市で目にした時はぶったまげたものです。

『マディソン郡の橋』の台詞にも出てきた南部プーリア州の州都バーリ駅前のアランチーニ(ライスコロッケ)を食べたことがあります(食いしん坊ですので)が、イタリア語学習時のロープレで「アランチーニ」を使ったところ、北部ヴェネト州出身のイタリア人講師は「アランチーニ」って何だ?「アランチャータ」(オレンジジュース)と言いたいのか?と全く理解してもらえず、私がハリウッド映画の台詞にも出てくる程有名な料理やないかいと言っても相手にしてもらえませんでした。(ちなみに「アランチャ」は伊語でオレンジを意味し(西語の「ナランハ」)、イーニは縮小辞でカッペロ⇒カッペリーニと同じ展開で、小っちゃなオレンジのような形というところからきています。)

江戸時代の人々がお伊勢参りの時ぐらいしか生まれた藩を離れることがなかったのと同様、イタリアでも割と最近までは殆どの人々は自分が生まれ育った州を離れることはなかったのではないでしょうか?それどころか、お昼も職場から家に帰り、母親や妻の家庭料理を食べてまた職場に戻るというのが日常だったのでしょう。従って他の州、それもかなり遠い州の料理なんかは一生口にしなかったのでしょう。

―欧州、鉄道旅行のお勧め路線

欧州を列車で旅をすると駅前に広場と教会があって、しばらく木々や畑を抜けていくとまた次の街の広場に出くわすという感じです。イタリア外の仏語圏になってしまいますが、お勧めの路線を二つご紹介させて戴きます。(イタリア南部のローカル線に乗っていると、教会が見えてくると必ず十字を切る、どうみても信仰深そうに見えないチャラそうなオヤジとかがいて面白かったです。)

1.バルセロナから夜行列車でコートダジュールへ向かう:学生の春休み期間はミモザのシーズンにあたります。ホテル代の節約も兼ね、列車で一夜を過ごした早朝、真っ黄色な色彩を感じて目覚めたら、ミモザ林を列車が抜けていました。それまでミモザを見たことがなくても、これがミモザか~と瞬時に察し(旅行中ってハイテンションになっているせいか普段働かない脳みそが働くものですよね)、車窓からのミモザイエローを浴びながらの移動は実に魅惑的なものでした。

2.ジュネーヴよりレマン湖に沿ってモントルーを目指す:正直これは偶然の要素もありラッキーだったのでしょうが、ション城への訪問目的で移動していて、城が車窓から見えてくると湖のかなり近くを列車が通っているせいか真横に白鳥が優雅に泳いでいました。ション城もレマン湖に浮いているようにも見えるので、ジブリ映画さながら、湖上を列車で進んでいるような幻想的な感覚を味わえました。

―「鉄道員」からポール・デルヴォ―へ

今回は脱線が一段と長くなりましたが、映画に戻ります。哀愁を帯びたカルロ・ルスティケルリの音楽(フェリーニ作品にロータの音楽というのと同様、ジェルミ作品にはルスティケルリの音楽がぴったりとはまります。)のに乗って、芥川龍之介の『トロッコ』のラストを思わせるような、鉄路の映像が人生のメタファーを感じさせます。

この拙ブログはAE-salon内ブログである以上、そろそろ画家そのものに触れない訳にはいかないですね。そこで、次回は鉄路を印象的に描く画家「サン・ティディスバールの夢遊病者」ポール・デルヴォーに「鉄道」ロンドすることに致します。

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
Return Top
error: Content is protected !!