AE-Salon Webマガジン「alore(アローア)」

「八月の谷中で出会う猫と幽霊画」ツアーレポート(らしきもの)

「八月の谷中で出会う猫と幽霊画」ツアーレポート(らしきもの)

実際に廻ったコースは、ほぼ予定(番外編Ⅰ 番外編Ⅱ)通りでした。こうした実践の機会を与えて戴けたのは大変有難いことで、繰り返し行った下見時とは違った想定外もあったりしましたので、今回は皆様がイヴェント等を開催されるにあたってのご参考になればとレポートらしきものを綴らさせて戴きます。。

―プランニング時の手の内を再現

元々この企画はAE内イヴェントとして、AEロゴ入手作り提灯を片手に夕刻の谷中をそぞろ歩きしてから暑気払いの黒ビールでもというところから始まったのですが、トータルコーディネーターの三沢先生より外部向けとしてやってみても面白いのでは?とのご助言を戴きました。当初「絶対に参加する~」と仰って戴いた方からの谷中に行くなら全生庵で幽霊画を是非見たいとのご希望があったので、少しでも暑さを避けるため敢えて画廊が未だ開いていない午前で作り直しましたが、結局その方は「その日はやっぱり麻布十番祭りに行くわ~」と逃げてしまいました…

気を取り直して行ったプランニングは次の通りです。

  1. 出来るだけ数多くの、広範囲のスポットを訪れるメニュー提示のような内容にする。(広く浅くのこんなブログを綴っている私にぴったりかも?)
  2. 参加者各位には1つでも気に入ったスポットがあったら季節を変えて再訪して戴き、そこをトリガーに各位なりの「谷中像」を作り上げて戴くこととする。
  3. とはいえ、半日コースなので絞り込みは必要⇒ではどこをオミットするのか?

①多くの方が既に訪れているであろう谷中を代表するスポットカヤバ珈琲、吉田屋酒店(有料ですし)、愛玉子のエリアはオミット ②「谷中」に絞り込んで、根津神社・大名時計等の「根津」、「千駄木」には立入らない

4.ツアー商品としての個性をどのように打ち出すか?

①「猫」と「幽霊画」を前面に打ち出す ②根岸地区の散策を加える(これには混雑が予想される上野駅やその界隈での集合を回避し、鶯谷駅集合と出来る意味あいもあり) ③諏訪神社大祭日に開催する (夏の想い出作り体験の機会も設ける)

―で、出来あがったコースは…

鴬谷駅集合⇒笹乃雪⇒書道博物館(中村不折)⇒子規庵(正岡子規)⇒ねぎし三平堂⇒イナムラショウゾウ⇒旧平櫛田中邸⇒上野桜木あたり⇒スカイ・ザ・バスハウス⇒ヒマラヤ杉⇒絵処アラン・ウエスト⇒日本美術院⇒全生庵(入場見学)⇒菊見せんべい⇒旧間間間⇒絵馬堂⇒観音寺の築地堀⇒岡倉天心記念公園⇒ひみつ堂⇒谷中ぎんざ⇒夕やけだんだん⇒朝倉彫塑館(入場見学)⇒谷中霊園(朝倉文夫夫妻の墓)⇒日暮里駅解散

と、普通なら一日コースで廻る様な盛り沢山の行程を半日で駆け抜けるハードプランになってしまいました。ただ、朝倉彫塑館を最後に持ってきたのは正解で、クーラーがきいている空間で畳の上に寝っ転がったり、椅子に座ったりしながらハードプランの疲れをいささか回復することが出来ました。

―円山応挙VS鏑木清方 百年近くの時を超えて相まみえる「青天の霹靂」

奇跡のような偶然の賜物で、幻の「お菊さん」との出会いを心待ちにする一同

この夏の天候表現に「青天の霹靂」という言葉がよく用いられましたが、アートシーンにおいても将に「青天の霹靂」と言えるような歴史的大発見がありました。拙ブログ初回にて紹介したように今年3月に渡辺省亭展を開催した画廊「加島美術」が関東大震災で焼失されていたとされる鏑木清方の幽霊画を入手し、安村敏信が真筆と鑑定し『茶を献じるお菊さん』と名付け、8/11~8/31の短期間に全生庵にて、それも伝応挙作品の真横の特等席で展示公開していたのです。アート史に残る様な大発見、これをうまく織り込んでツアーの目玉としなくてはです。全生庵が買い取って今後も継続して公開というのが一番望ましく、全生庵も加島美術もそれを最優先に考えている筈かとは思いますが、藤島武二の初期の代表作『蝶』(切手図柄にまで採用され、私は藤島作品ではこれを最初にインプットしました。)が個人蔵となっているため、今日観ることが出来なくなているのと同じようなことが起こり得るかもしれません。

正直、プランニング段階では私は全生庵には入館せず、谷中堂あたりで「招き猫」でも撫で回しながら待機するつもりでしたが、これぞカラヴァッジョ「マグダラのマリア」級のアート史を飾る大事件とガイド役の私が一番楽しみに臨み、果たしてお目当ての『茶を献じるお菊さん』は、同じ清方の東近美所蔵品で重文指定となっている『三遊亭円朝像』よりも気に入りました。流石に「お菊さん」前には人だかりが出来てましたが、幸い入場制限がなされる程ではなく、終了時間の延長、予定コースの変更等はしなくて済みました。

安村敏信によるキャプションで「お菊さん」は固有名詞ではないということを知りました。美人画の名手鏑木清方が敢えて顔を伏せている姿で描いているところに顔を上げたらきっと超美人なのだろうなと思い(繊細な日本人としてはこういうところに正直そそられます。)ながらも、割った皿の代わりに切られてしまう(幽霊画ということは「既に切られてしまったかも?」)きれいな長い指を強調して描いて凄みを醸し出しているようにも感じられました。他の画家の皿屋敷作品軸装との布が共通なのも真筆との決め手の一つになったようですが、こればかりは実物を何度も行ったり来たりしながら観ていて気付けました。前述の渡辺省亭展は大きな話題を呼びましたが、今回は今まで目にしていても特に気を留めていなかった渡辺省亭による幽霊画もその名を意識してしっかりと観てきました。

更に、正岡子規の未発表句5句や親友中村不折が子規を描いた絵を含む子規晩年の「歳旦帳」が発見されたとのニュースもツアー直前の8/22に流れました。(根岸の子規庵、書道博物館をコースに入れていてラッキーでしたが、これで人生のツキを全て使い果たしてしまったかもです。尚、「歳旦帳」はこの9月に子規庵にて公開されています。)

総人数は私を含め6名で、入場見学をする全生庵や朝倉彫塑館のキャパ等を考慮すると程良い人数であり、小人数のメリットを活かし可能な限りご期待に添えるように努めました。また前述の霹靂による全生庵での待ち時間がどの位になるか皆目読めなかったので、終了時間が押すのとコースを変更(ショートカット)して予定時間通りに終えるのとどちらがいいかも事前に確認し、多少の時間延長なら予定通りのコースをとの全員の合意を得ることが出来、憂いがなくなり気が楽になりました。

―第二弾のプランニングも虎視眈々と

ヒマラヤ杉傍らの「絵処アラン・ウェスト」は今回の行程では開館時間と合いませんでしたが、外からイヴェントを行っているアラン・ウエスト氏の姿が覘けました。アラン氏はフレンドリーに優しい口調で(日本語で)語りかけてきて下さる方で、この画廊兼アトリエもバッハの平均律等が流れている大変居心地の良い空間(超お奨めです!)となっています。作品も5,000円位からの価格で購入することが出来ますので、秋か春の季節のいい午後の時間帯に、やはり今回時間の合わなかった「スカイ・ザ・バスハウス」なんかとセットにして、また懲りずに企画してみようかなとも思っています。

―反省点

①いつものことですが、今回は特に歩かせすぎ? それでも私はツアー終了後、昼食も取らず上野に赴き、藝大陳列館「うるしのかたち展」最終日、都美「杉戸弘 とんぼ と のりしろ」(昨年の「木々との対話」といい、何年か前の「福田美蘭」といい都美の展覧会はやはり前川建築を活かしたギャラリーA,B,Cで楽しむのが最高です。しかも今回は天候や時間帯を変えて別の日に入場して雰囲気の違いをお楽しみ下さいという実に粋な計らいつきです。)、動物園(天候不順だったせいかイソップ橋の工事が遅れていたようで、お目当てのレッサーパンダが未だに見れなくてがっかりでした。)を廻ってきました。流石に帰宅後は爆睡してしまい、ブログのレビュー依頼は締切ぎりぎりの夜になってしまいましたが…

②名物店への立寄りはやはり基本!  今回はご参加の方から全生庵から「菊見せんべい」(お菊さんを見てからのロンドとして将にぴったり?)へ向いたいとの声が上がり、多くの方が同行されました。海外旅行時のショッピングと同じで、これは基本でしたね。やや遠かった(在千駄木)のと、戻ってくる時には三崎坂ほ上ることになるので腹の出た私はオミットしましたが、銀座ギャラリー巡りの時に木村屋ショッピングタイムを思いつきで入れたら大好評だったことを忘れていました。私は「谷中堂」で招き猫達に見守られながら、ロスタイムをどう回復するかを汗だくで考えながらお待ちしていました。

③幅広い文脈もありかなと…昭和の爆笑王の名台詞「どうもすみません」も看板等に巧く取り入れられている「ねぎし三平堂」には入館せずに前に佇んだだけでしたが、意外と参加者各位の食いつきは良いもので、三遊亭円朝~林家三平~三波伸介という大衆芸能の名人達という文脈での切り口もあったかなと思いました。夕やけだんだんにある「アウグス谷中ビアホール」で谷中ゆかりの三波伸介展をやっていることも参加者の方からのご指摘で初めて気がついた次第です。

④想定外 谷中、日暮里の総鎮守諏訪神社(朝倉彫塑館にもお札が)の大祭日だったためか、全生庵、朝倉彫塑館にはお子様連れ家族の姿はなく思ったよりもすいていました。逆に戸外(ヒマラヤ杉、上野桜木あたり等)の細い道では「だし」の通行待ち車輌や祭の仕出し配達車等、車によってしばしば足止めをくらいました。また、すぺーす小倉屋とかフォトジェ二ックな小さな古書店とかが、本来なら開いている日時にツアー設定したつもりだったのですが閉まってました。日常の街の光景を目にするという意味では祭りの日はやはり外した方が良かったのかもしれません。

―千年よりも長い百年?

平櫛田中旧宅前で鼻垂れ小僧にも満たない身でありながら、負けじと後姿から「気合」をにじませるガイド

今回のツアーのキーワードは「百」であったのかもしれません。

「円朝コレクションの数」

  • 当初の円朝コレクションは百物語に因んで百幅の幽霊画だったというのは眉唾?

「百歳超えた平櫛田中の気合」

  • 平櫛田中は百歳近くまで上野桜木に住み、その後小平に引っ越してからも木彫材料を調達
  • 「六十、七十は鼻垂れ小僧、人生百から百から」の名言あり

「幻の猫百態展」

  • 朝倉文夫が東京五輪(朝ドラ『ひょっこ』の時代の)時に計画していた「猫百態展」が9月より朝倉彫塑館にて開催

「ヒマラヤ杉」「お菊さん」「旧平櫛田中邸」 ・鬼太郎の中で「ねずみ男」と「小豆洗い」の会話に「今は明治百年だ」という台詞がありますが、来年は明治百五十年を迎えるんですね 植木鉢の小さなヒマラヤ杉が百年近くの歳月を経て大木となり、百年近く経ってから幻の「お菊さん」が発見され、上野桜木の平櫛田中邸ももうすぐ百年建築となる訳です。人間は理論的には120歳まで生きられるという話を聞いたことがありますが、ヒマラヤ杉の大木なんかの前では人事は有限ということをしみじみと思い知らされてしまいます。

「チェントアンニ」は伊語で百年という意味で、シチリアで乾杯の時の掛け声に使われているようです。イタリア本土での乾杯時の「チンチン」(グラスのぶつかり合う音)との掛け声が有名ですが、「チェントアンニ」は、永遠の健康をとか永遠の絆をというような意味あいになるのでしょう。

「新宿区立漱石山房記念館」開設予定日の9/24が目前に迫り話題にのぼることが多い夏目漱石の幻想短編集『夢十夜』の中でも「百年」が「永遠」の意味で繰り返されます。そう言えば、ガルシア・マルケスにも『百年の孤独』という作品がありますね。

「千三つ」「悪事千里を走る」「千里の道も一歩から」「千載一遇」「ミルフィーユ」(仏語:沢山の葉っぱ 「千葉」のことではありません)「ミレ・グラーツィエ」(伊語:たいへん有難う)等万国共通で千は「多くの」の意味を持ちますが、百の方が「永遠」の意味なので、千よりも長くなるのでは?というパラドックスです。

まだ残暑の折、この暑苦しい拙ブログをいつも目にして下さっているアート愛好家各位の「百年のお幸せ」を祈念しつつ、レポート(らしきもの)を終えます。今回は本ツアーばりに長文になってしまい申し訳ありませんでした。

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
Return Top
error: Content is protected !!