
だっさい【獺祭】
⑴カワウソが多く捕獲した魚を食べる前に並べておくのを、俗に魚を祭るのにたとえていう語。獺祭魚。
⑵転じて、詩文を作るときに、多くの参考書をひろげちらかすこと。正岡子規はその居を獺祭書屋と号した。(出典 広辞苑第六版)
山口県の銘酒『獺祭』。今年で創立70周年を迎える旭酒造が醸す、海外でも人気の日本酒だ。
旭酒造のサイトで「獺祭命名の由来」についてのページを開くと、とある絵が現れる。中央に僧侶のような格好で座る獺(かわうそ)。その前には、鯰や鯉などの魚たちが広げ散らかされている。川合玉堂・横山大観と並び称される近代日本画の巨匠、川端龍子が描いた、その名も《獺祭》という作品である。
2018年4月7日、川端龍子にゆかりのある大田区馬込の地を歩くアートツアーが開催された。
大正時代後半から昭和初期にかけて、朝の連続ドラマ『花子とアン』の村岡花子をはじめ、宇野千代、川端康成、尾崎士郎、小林古径等の多くの文学者・芸術家がくらしていた地域を「馬込文士村」と呼ぶ。
現在、馬込文士村のあった地域には、大田区の歴史や文化を学ぶことができる郷土博物館や、当地に居を構え、アトリエを構えた川端龍子の作品を所蔵・展示する龍子記念館がある。それらを巡って当時の面影を偲び、さらには旭酒造と龍子記念館のコラボレーション企画を楽しめるというイベントだ。


大田区立郷土博物館
まずは住宅街を抜けて大田区立郷土博物館へ。

こちらの郷土博物館は、大田区の歴史と文化を学ぶことができる総合博物館となっている。
馬込文士村についての展示エリアで、村の立体模型を使って文学者や芸術家たちの自宅の場所を示しながら、住人たちの人間関係など当時の状況を春山さんが解説。この展示エリアでは、ゆかりの作家たちの原稿や絵画作品を見ることができ、興味深い資料もたくさん展示されていた。

郷土博物館を後にし、次は大田区立龍子記念館へ向かう。

川端龍子の世界

龍子の喜寿と文化勲章受賞を記念して1963年に設立された龍子記念館は、大正時代初期から戦後にかけての120点あまりの龍子作品を所蔵し、様々な視点で龍子の画業を紹介している。
今回は、担当学芸員の木村さんによる解説を聞きながら、名作展「鳥獣百科 龍子の描いた生きものたち」を鑑賞することができた(4月15日をもって閉幕)。
カワウソが登場する先述の《獺祭》も、もちろん展示されていた。
龍子といえば、大きな展覧会場で鑑賞されることを前提とした大画面作品に、大胆な構図と力強い筆致が特徴だ。しかし、動物たちを描く作品は大画面でも穏やかな筆使いのものも多く、厳しい性格だったという龍子の優しい一面を感じ取ることができる。
龍子の作品を堪能した後、木村さんは我々を美術館の外にある龍子草苑に案内してくれた。伊豆の植物、伊豆からもってきた石、と龍子の伊豆趣味を詰め込んだこだわりの庭だ。

続いて、隣接した龍子記念公園を見学。
普段は記念館開館日の10時・11時・14時に解説つきで入園することができる龍子公園には、龍子が設計したこだわりのアトリエと旧宅がある。






晩年の龍子が、先に亡くなった妻子を弔い過ごした部屋に、今回特別に上がらせてもらうことができた。
この部屋には、平安時代に作られた不動明王立像(大田区蔵・東京国立博物館寄託)をはじめ3体の仏像を納めていた持仏堂が設えられている。持仏堂には近年高精細複製をしたという、伝 俵屋宗達の《桜芥子図襖》が飾られていた。灯りのない部屋の中、差し込む自然光だけで見る金地の襖絵は、美術館の展示室の蛍光灯で照らされたそれとは明らかに違う美しさを放っていた。

そして、なんとこの部屋で銘酒獺祭を試飲させていただくことに!


木村さんの丁寧な解説あり、素敵なサプライズもあり、龍子の魅力にどっぷり浸かって大満足のそのあとは、今回の最終目的地・池上本門寺へ。
池上本門寺の大堂の天井に描かれた龍の図は、川端龍子によるものだという。

朝10時にスタートした今回のアートツアー。終了予定の13時をオーバーしてしまったが、充実した時間を過ごすことができた。
新緑の眩しいこの季節、大正・昭和の文学者・芸術家の息づかいを感じに、馬込文士村へアート散歩に出かけてみてはいかがだろう。