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11.『薔薇の騎士』アナクロ円舞曲を聴きにドレスデンへの特別列車に

11.『薔薇の騎士』アナクロ円舞曲を聴きにドレスデンへの特別列車に

-登場人物の誰かへの感情移入というロンド

リヒャルト・シュトラウス作曲の楽劇『薔薇の騎士』と『王様のレストラン』のロンドは役柄への感情移入です。前回『王様のレストラン』では多様な登場人物が出てくるのでその誰かに感情移入しやすいと申し上げました。この『薔薇の騎士』に出てくる主要な登場人物は元帥夫人マルシャリン、若い貴族オクタビアン、新興ブルジョワジーの娘ゾフィー、マルシャリンの従兄弟オックス男爵と僅か4人だけです。10年程前に教育テレビで作家島田雅彦によるオペラ入門講座が放映され『薔薇の騎士』ではこの主要な4人の誰かに感情移入出来ることが魅力の一つであると解説していました。

-珍しくストーリーの紹介

(出典) 薔薇の騎士 [DVD]  ユニバーサル ミュージック クラシック 2010/01/20

映画の時はBlu-rayやDVD化されている古典作品がほとんどなので、ストーリーにはあまり触れていませんが、この楽劇の概要をごく簡単に申し上げます。マルシャリンとオクタビアンが朝の寝室でじゃれあっているところから幕が開きます。何しろ幕開前に流れる序曲では絶頂に達しようとしている若い男性を年上の女性が抑制するというシーンをホルンの音色が表現しているのです。資産目当てでブルジョワジーと結びつこうと目論むオックス男爵と婚約するゾフィーへの薔薇の騎士(結納のしるしとして「銀の薔薇」を届けるのがマリア・テレジアの時代の風習という設定になっていますが、そんな習慣はありませんでした。「薔薇の騎士円舞曲」も単独で演奏会にかかるほどの有名曲ですが、ヴィーンで円舞曲が流行ったのは19世紀のヨハン・シュトラウスの時代で18世紀のマリア・テレジアの時代ではありません。脚本家フーゴー・ホフマンスタールとシュトラウスのコンビが巧みに雰囲気ある虚構の世界を作り上げているのです)にオクタビアンが選ばれます。しかし、いざゾフィーの可憐な姿を目にしたオクタビアンはオックス男爵をさしおいてゾフィーとの真実の愛に目覚め、それを知ったマルシャリンは潔く身を引いていくという話です。(マルシャリンは30歳前後という設定のようですが、今日では昔の年齢の7掛けというようなことがよく言われますので、今で言う40代半ば位の感じでしょうか?)

-年齢と共に感情移入の対象が移ろいゆくもの…

男女の色恋という切り口で捉えると、誰しも若い頃はオクタビアンやゾフィーに、老いてきたらオックスやマルシャリンに感情移入しつつも、自分も若い頃はオクタビアンやゾフィーだったんだなあとの感傷に浸るのでしょう。マリア・テレジアの時代なら、オクタビアンやゾフィーは、やがてはオックスやマルシャリンになっていくのだろうということはごくごく当たり前のことだったのでしょうね。ボーマルシェ作『セヴィリャの理髪師』の可憐な(かつ強かな)ヒロインだったロジーナが、『フィガロの結婚』での伯爵夫人としての立場がどうだったかを思い起こして下さい。

-極上の美しさが特別列車を走らせる

『薔薇の騎士』はドレスデン宮廷歌劇場での初演時から特別列車が仕立てられるほどの人気曲で、今日でも圧倒的な人気を保っています。最近では2015年ザルツブルク音楽祭でのクプファー演出が気に入っています。(時代設定をマリアテレジアの時代から20世紀初頭に移しクラシックカーなんかも登場させています。)

音楽的には、前述の円舞曲の他に、フィナーレのマルシャリン、オクタビアン、ゾフィーによる三重唱、それに続くマルシャリンが身を引いた後の)オクタビアン、ゾフィーによる二重唱が美しさの極みです。Eテレ「らららクラシック」では三人がここでミファレ♪の同じメロディーを違う立場での台詞を乗せて歌っていて、その錯綜性がより陶酔感を呼ぶのだと解説していました。(楽譜が読めたら面白いのでしょうね。絵画鑑賞も画材の知識なんかがあると、より楽しめるのでしょうか?)

-『薔薇の騎士』が日本のアニメ界や酒席に与えた影響

(出典)薔薇の騎士(CD)エーリッヒ・クライバー盤

『フィガロの結婚』のケルビーノ、『こうもり』のオルロフスキーと並ぶ代表的なズボン役(メゾソプラノ歌手が男性に扮して歌う役)のオクタビアンを長身で美形のメゾ・ソプラノ歌手が演じると、ただでさえ美しいこの音楽にヴィジュアル要素も加わりより陶酔感を覚えます。手塚治虫の『リボンの騎士』がこの『薔薇の騎士』からインスピレーションを得たというのは有名な話です。池田理代子の『ベルサイユのバラ』でオスカルがフェルゼンとの舞踏会でオダリスクに女装?したのと同様、男装した女性歌手が女性に化けるシーンも『薔薇の騎士』の見せ場の一つひとつです。そのオックス男爵と女装したオクタビアンの場面での「ワインは戴けませんわ」というnein kein weinと韻を踏みまくるアリアは、ドイツ語圏でワインを断る時の洒落た台詞として今日でも使われることがあるようです。

―唐突な「銀座のギャラリー巡りとワインの夕べ」へのお誘い

急遽、ワインの夕べを企画してみました。オクタビアンを気取って”Nein nein Ich trinke kein Wein” (ワインは戴けませんわ)ではなく、 “Ya gern” (喜んで戴きますわ)でのご検討をどうか宜しくお願い致します。

-万人に平等なものは「時の流れ」、これぞこの作品の真の主役か?

マリア・テレジアの時代なら馬車に揺られていくところを、特別列車に乗り観劇にという初演時の文明の進歩の中でも誰もが平等に味わっていた「時の流れ」、すなわち「老いの訪れ」という普遍的なテーマが、シュトラウスの耽美的旋律が鳴り響く中から鑑賞者に迫ってくるのです。幼い頃読んだグリム童話の中で、悪魔や神様がボロクソにののしられるのに死神は万人に平等だと称えられるのが、虐げられる「黒いマリア」と並んで不思議でたまりませんでした。悪魔はともかく、神様より死神の方が尊いの?マリア様って悪者なの?子供には到底理解不能です。「黒いマリア」はモンセラットにあるものを撫でてきましたが、未だに深く理解出来ていません。「死神」の方は、今なら水木しげるの描くような愛嬌のある姿で現れてきてくれたら、ベルイマン監督『第七の封印』のチェスシーンよろしく、喜んで将棋をさすかもしれません。(そして負ける…)

―楽譜台には銀の薔薇だけが…

指揮者もこの名曲を振る時は渾身の気合を入れるようで、ある海外指揮者の来日公演時のスコア台には楽譜はなく「銀の薔薇」が置いてあるだけでした。楽譜を見ずに暗譜で超大なこの作品を振り続けていた訳です。かっこ良すぎます。CDジャケット(輸入盤)写真を貼り付けたエーリッヒ・クライバー/カルロス・クライバー父子は親子共々この大作の歴史的名演を遺しています。

-重厚長大な楽劇が続いてしまいますが

次回は「美しさの極みの三重唱」というロンドでリヒャルト・ヴァグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』です。往時はLP5枚組の箱物で若造には高くてなかなか手が届かなかったこともロンドになりますでしょうか?

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この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
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