
-「哀しみ」(triste)を名とする男の物語
重たい作品が続いてしまいますが、今回はリヒャルト・ヴァグナー作曲の楽劇『トリスタンとイゾルデ』です。ストーリーはアーサー王伝説(白い手のイゾルデ)にも出てくる中世の有名な伝承に基づく「惚れ薬」を誤って飲んでしまった男女の悲劇です。ヴァーグナー楽劇の演出というのは、戦後しばらくは薄暗い舞台で何かもぞもぞと蠢いているだけでよく判らないというのが多かったのですが、最近では明るく毛色の変わったものも多く出てきました。昨年12月から今年の3月にかけての東京オペラシティアートギャラリーでの「画と機」展がやたらかっこ良かった山本耀司も、この楽劇の衣裳を担当したことがあります。そう言えば、「画と機」展クロージングを飾った田中泯のダンスをご覧になれた方がいらっしゃったら是非是非お話を伺いたいです。
-百年毎に変わるクラシック音楽の楽しみ方
音楽好きの方は感じられていらっしゃると思いますが、クラシック音楽の楽しみ方は、100年単位でこんな風に線引き出来るのではないかと思います。
- 「作曲家の時代」(モーツァルト~ヴァグナー、ヴェルディ 18世紀後半~19世紀後半)ブルジョワジーが台頭する時代となり、王侯貴族による宮廷・サロン内の独占演奏会から公開演奏会へ (楽譜がしっかりと残る)
- 「演奏家の時代」(エジソンによる録音技術発明~デジタル録音 19世紀後半~20世紀後半) 異国(極東の日本)でも録音により欧州の名演奏が楽しめるようになり、名歌手、名指揮者、名演奏家が輩出 録音技術もこの間に著しく向上 (録音がしっかりと残る)
- 「演出家の時代」(20世紀後半~継続中) (映像がしっかりと残る)
昔は煌々とした照明がないとカメラが映像を捉える事すら出来ませんでしたが、撮影機材性能の日進月歩の向上、LD、DVD、ブルーレイと媒体クォリティーの向上等によりオペラは劇場で観るよりも舞台録画の方が細かいところまで楽しめる時代になってきました。また演出そのものもシュローとブーレーズによる1970年代のバイロイトでの『ニーベルングの指輪』上演あたりをはしりに、大胆な読替も盛んに行なわれるようになってきました。例えばこの『トリスタンとイゾルデ』も肝心の惚れ薬を飲まないで自然に恋に堕ちた二人の悲劇と読替えて演出することも可能で、更に映像の力でそれを判り易く鑑賞者に伝えることも出来るようになった訳です。クラシックは飽きがこないというのは嘘でして、新鮮な時には奇を衒った「読替」演出により神話、ギリシャ、古代ローマ、十字軍等の世界が現代のコスチュームを着用した歌手によって演じられるようになりました。(大がかりな舞台装置や衣裳を用意するよりもコストも安くつくメリットもあります。オペラ上演は相当な「金食い虫」なのです。)
-まどろみを誘うトリスタン旋律
-「洗い髪」が加わる三重唱
ご記憶のいい方は、あれ前回、三重唱「ロンド」と言っただろう、二重唱だけか?もう一声は一体どうなった?ですよね…実はこの「愛の夜よ降りてこい」で始まる「愛の二重唱」に、イゾルデの乳母ブランゲーネ役のメゾ・ソプラノの「夜が明けますよ。お気をつけなさい」(人目を忍ぶ二人の夜の逢引きのシーンでの歌唱なのです)という美しいメロディーが重なって三重唱となるのです。メゾ・ソプラノの方には申し訳ないような表現になってしまいますが、主役ではないメゾ・ソプラノの声が加わることにより、唯でさえ美しい「愛の二重唱」の味わいが増すのです。塩を加えて餡の甘みを増すみたいな、或いは冬を歌った名曲『神田川』の歌詞に夏の季語「洗い髪」を混ぜ込ませることにより、寂寥感が一層増すみたいな感じでしょうか?
-ボードレールをも虜にした「愛の死」ロンド
次回は「惚れ薬」ロンドでドニゼッティ作曲『愛の妙薬』とも思ったのですが、オペラ、楽劇が続いてしまいますので、「愛の死」をロンドとしてモーリス・ベジャール監督の『そして私はベニス生まれ』で映画路線に戻ることに致します。夜の関連というだけで相当強引なお誘いですが、6/30(金)の銀座の夜にギャラリーを巡ってワイン(本当は「惚れ薬」といきたいところですが)を楽しむイべントを企画しました。ご検討の程、どうか宜しくお願いします。