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エゴン・シーレ作「死と乙女」を鑑賞する

エゴン・シーレ作「死と乙女」を鑑賞する

【今回のテーマ】

今回は、映画公開もされた、エゴン・シーレ作「死と乙女」をテーマとして取り上げ、鑑賞する。映画の内容はできるだけ伏せた上で、「ネタバレなし」に、この絵画作品の魅力と、エゴン・シーレ自身の人物像に迫る。

【作品紹介】

「死と乙女」は、1915年、エゴン・シーレ25歳のときに描かれた作品。

一組の男女が、白い布に半ばくるまっている。表情から察するに、明らかに二人は何かに怯えている。女は、画面の外を力なく見つめながら、男に手を回している。一方、男はその女に身をゆだねて抱き締められている。何とも頼りない感じだ。二人はこのように横たわっていることで、かろうじて、自分達を襲っている「何者か」から身を守っているように見える。

しかし、二人の努力はおそらく徒労に終わるだろう。そのことは、互いを包み込んでいるはずの白い布がしわくちゃになっていたり、背景に不定形の物体が気味悪くうごめいていたりする様子から容易に推測できる。

実は、ここに描かれている男女は、エゴン・シーレと、彼のモデルのヴァリだ。ちなみに、ヴァリは、グスタフ・クリムトの元モデルである。彼女は、「死と乙女」制作当時には、エゴン・シーレのモデルとなり、二人は恋に落ちていた。

「死と乙女」が描かれた当時、エゴン・シーレは、感染症の一種であるスペイン風邪に襲われていた。もともとアメリカで発生したスペイン風邪は、第一次世界大戦中に非常に強い感染力で全世界を襲った。その威力がいかに大きかったかは、罹患者が当時の世界人口の約3割、死者が5000万人から1億人にのぼったという事実からも簡単に理解することができるであろう。当時においては、まさに「死の病」であったのだ。

これを踏まえると、画中の二人の「怯え」の正体も想像がついてこよう。男、エゴン・シーレが怯えているのは、スペイン風邪がもたらす「死」そのものであり、そして、女、ヴァリを襲っているのは、「恋人であるエゴン・シーレを、その死によって失うこと」なのである。

二人は、お互いに表面的な形は違えども、「死」という漠とした、しかし、目の前に襲いかかってきているものの恐怖に大きな不安を抱えながら怯えていたのだ。しかも、そこに立ち向かう有効なすべは何一つ持ち合わせていなかった。

この「怯え」こそが、エゴン・シーレが「死と乙女」で描きたかったものの本質であろう。すなわち、タイトル中の「死」が表すのは、エゴン・シーレが当時襲われていたスペイン風邪と、そこからもたらされる死に対する恐怖心、すなわり「死への恐怖」であり、一方で「乙女」が表すのは、当然、「死」に怯えている恋人を何とか慰めたいと願うヴァリの献身的な姿なのである。

【作者紹介】

エゴン・シーレは、1890年オーストリアの生まれ。1918年没(享年28)。ウィーン分離派の巨匠、グスタフ・クリムトの影響を受けながら、オスカー・ココシュカとともに、19世紀末のオーストリア表現主義を牽引した。自身の感情を素直に表現する画風が非常に特徴的で、描かれたどの作品にも流動的な不安感が漂う。「死と乙女」においても、それは例外ではない。

彼は、生涯を通じて非常なプレイボーイであった。画家にはありがちなことかもしれないが、何人ものモデルと「できて」いたのだ。しかし、エピソード映画を鑑賞すると非常によく理解できるのだが、彼自身のモデルや作品に対する思いは、驚くほど純粋なのだ。

おそらくは、その純粋さこそが彼の最大の魅力であり、多くの当時の女性はそこに惹かれたのだろう。また、現代の我々が彼の作品に惹き付けられるのも、その「まっすぐさ」ゆえであるのだと思う。

「死と乙女」において、恋人ヴァリが自身もスペイン風邪に感染するリスクを冒してまで、エゴン・シーレを抱き締め、慰めたのも、彼女が彼の純粋さを鋭い感性で感じ取ったからであるといえよう。

【おしまいに】

今回は、エゴン・シーレ作「死と乙女」について、彼や恋人のモデルを取り巻く制作当時の「事情」から鑑賞・考察を試みた。この解釈は当然、さまざまな見方のうちの一つにすぎないし、異論もあるかとは思う。しかし、たとえそうであるとしても、絵画鑑賞の楽しみ方として、このような見方をすることは、非常に有意義であると私は思う。

この記事のライター

aloreライターmilkhoppy
<出身>
仙台生まれの東京・川崎育ち。

<所有資格>
アートエバンジェリスト、美術検定2級、教員免許。
 
<意気込み>
「正確なインプットと分かりやすいアウトプット」を、常に心がけ、頑張りたいと思います。
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