AE-Salon Webマガジン「alore(アローア)」

「ナビ派」って知ってます?~オルセーのナビ派展~

「ナビ派」って知ってます?~オルセーのナビ派展~

印象派でも現代美術でもない!19世紀末のフランス前衛芸術が存分に味わえる展覧会

「ナビ派」と聞いて「あ、あれか!」と思う人よりも「何それ?」、「誰?」と思う人の方が多いかもしれません。しかし、本展はそのことを予想していたかのように館内の説明が懇切丁寧。19世紀末のパリで花開いた個性豊かな芸術家集団の作品の魅力を存分に味わうことができます。

期間、開催場所、入館料

期間;2017/2/4-2017/5/21、開催場所;三菱一号館美術館、入館料;1700円。

展覧会HP

http://mimt.jp/nabis/

出品作品(作者名で記載)

ゴーガン、ベルナール、セリュジェ、ドニ、ルーセル、ボナール、マイヨール、ヴュイヤール、ヴァロットン、ローナイ、ランソン、ラコンブ;全81点(会期中入れ替えなし)。

ナビ派とは?;ヘブライ語で「預言者」を名乗った19世紀末の芸術家集団

1888年から1900年頃のパリで花開いた芸術家集団「ナビ派」。「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」という意味です。本展ではナビ派の「グループとしての特徴」と「芸術様式の特徴」とが81点の作品を通して明快に理解できるよう構成されています。

ナビ派の「グループとしての特徴」;「ヘブライ語」を用いた理由が最大のポイント

ナビ派の「グループとしての特徴」を端的に示すのは実は「ナビ派」という名称そのもの。パリの芸術家集団が「預言者」という意味を表現するのに、なぜわざわざ「ヘブライ語」を用いたのでしょうか?これこそが実は「ナビ派という集団」を理解するための最大のポイントなのです。

この点について、現大原美術館長の高階秀爾氏は以下のように述べています。

(引用)わざわざヘブライ語の、したがって一般の人には通じにくい名称を選んだところに、われわれはこのグループの特筆のひとつを見ることが出来るであろう。それは、半ばは青年らしい稚気によるものであったかもしれないが、同時にまた、彼らはきわめて真剣でもあった。「ナビ」というこの彼ら自身にとってもあまり耳慣れない言葉は、グループにどこか秘密めかした、神秘的な性格を与え、それがまた、彼らの友情と結束を強めるのに役立ったからである。

(高階秀爾、西欧芸術の精神、青土社、1993、217-218)

すなわち、ナビ派のメンバー達はある種の「秘密結社」としての性格を集団全体にもたせ、そこに神秘性をまとわせることによって自分達の結束を固めようと企てたのです。そしてこの企ては見事に成功しました。

そのことは、本展にも出品されているポール・セリュジェの「タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川」(1888)の作品名と制作年から明快に理解できるでしょう。

1888年というナビ派結成当初に制作されたこの一点の風景画を彼らにとっての「護符」、すなわち「お守り」とみなしたという事実は、紛れもなくこの集団の結束の固さを証明する一種の「物的証拠」といえるからです。

絵画芸術に対して独自の価値観や考え方を持っていたナビ派のメンバーを結びつけたのが、実は名称そのものであったという事実は非常に興味深く、また、メンバーの当時の「意気込み」をわれわれに感じさせてくれるものだと言えるでしょう。

ナビ派の「芸術様式の特徴」;セザンヌ・ルドン・ゴーガンから大きな影響を受けた

ナビ派の「芸術様式の特徴」は、セザンヌ・ルドン・ゴーガンの三人からの影響をとらえることで理解出来ます。

ナビ派を代表するメンバーの一人、モーリス・ドニの作品に「セザンヌ礼賛」(1900)があります(本展には出品されていません)。

(引用)それは、画商ヴォラールの店のなかで、イーゼルの上に置かれた一枚のセザンヌの周囲に、向かって左から、オディロン・ルドン、ヴュイヤール、山高帽をかぶった批評家のアンドレ・メレリオ、ヴォラール、ドニ自身、セリュジェ、ポール・ランソン、ルーセル、ボナール、それにドニの妻のマルトが集まっている場面を示している。

(高階秀爾、西欧芸術の精神、青土社、1993、212)

このうちのヴォラール・メレリオ・ルドン以外が全て「ナビ派の結成当初のメンバー」であるということは注目に値します。

また、この作品は二つの重要な事実を示しています。一つは作品名にもある通りナビ派のメンバーがセザンヌを「礼賛」していたということ。もう一つは、実は彼らはルドンをも「礼賛」していたということです。ルドンへの敬意は、作品中でナビ派メンバーの全員がセザンヌの絵画よりもルドンの方(左側)を向いているということから読み取ることが出来ます。

ナビ派が感覚主義的な印象派の画家よりも、そこに写実的な造形性を加えたセザンヌや、魂の象徴性を加えたルドンの方を礼賛していたという事実は、彼らの芸術様式を最も端的に表すものの一つとして考えられます。

そして、セザンヌやルドン以上にナビ派が最も影響を受けたであろうゴーガンは実は別のエピソードとして登場します。

ポール・セリュジェが「タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川」(1888)を制作する際、ドニによればゴーガンはセリュジェに向かってこのように述べたといいます。

(引用)これらの木々がどのように見えるかね?これらは黄色だね。では、黄色で塗りたまえ。これらの影はむしろ青い。ここは純粋なウルトラマリンで塗りたまえ。これらの葉は赤い?それならヴァーミリオンで塗りたまえ。

(三菱一号館美術館、「オルセーのナビ派展 美の預言者たち-ささやきとざわめき」カタログ、三菱一号館美術館、2017、49)

ゴーガンの教えを忠実に再現した本作品に対してナビ派の結束を示すシンボルでもある「護符」というタイトルをまとわせたという事実は、それだけでナビ派のゴーガンへの敬意の大きさと、彼がナビ派に及ぼした影響の大きさとの双方を明快に示すものであると言えるでしょう。

このようにナビ派の芸術様式は、実はセザンヌ・ルドン・ゴーガンの三人に対する尊敬とも崇拝とも受け取れる思いから誕生したものなのです。そして、その敬意がいかに大きなものであったかは「セザンヌ礼賛」の画面やゴーガンにまつわるエピソードから容易に理解できるものと思われます。

おしまいに

本展は、オルセー美術館に所蔵されているナビ派作品を鑑賞できる非常に稀有な機会です。

わずかな期間に結成されていたグループの存在に意義を見出だすことは難しいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、ナビ派のメンバーがそれぞれの個性を保ちながらもあくまでも一つの「集団」として美術史に足跡を残したという事実は、やはり非常に大きな意味があるのだと私は思います。

是非本展を訪れてその「足跡」を確かめてみてください。

この記事のライター

aloreライターmilkhoppy
<出身>
仙台生まれの東京・川崎育ち。

<所有資格>
アートエバンジェリスト、美術検定2級、教員免許。
 
<意気込み>
「正確なインプットと分かりやすいアウトプット」を、常に心がけ、頑張りたいと思います。
Return Top
error: Content is protected !!