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鈴木春信展 青が消えた

鈴木春信展 青が消えた

名古屋ボストン美術館の鈴木春信展に行きました。

本展では、質・量ともに世界最高の春信コレクションを誇るボストン美術館の所蔵品から、選りすぐりの春信作品とともに、この絵師を育んだ時代の他の絵師の作品を加え約150点が紹介してあります。春信作品のほとんど海外に所蔵されていますので、日本での展示を楽しみにしていました。

鈴木春信(1725年?~1770年)とは

錦絵創始期の第一人者として知られる浮世絵師です。春信の時代以前は、筆彩色や紅摺絵(べにずりえ)しかありませんでした。紅摺絵は、読んで字のごとく紅と草色(赤と緑)といった補色にあたる2色を主色とした素朴な色摺の版画のことです。江戸中期ごろ、武家や裕福な商人の間で流行した絵暦(えごよみ)交換会をきっかけに多色摺木版画技法が発達し、彩り豊かな錦絵が誕生したのです。そこで、活躍したのが春信です。その後、おもに美人画を描き、明和5年(1768年)頃から江戸に実在する美人で評判の娘を主題とすることにより人気を得て、錦絵を大衆にまで普及させました。

どうしても気になった作品

見立浦島 鈴木春信

この作品『見立浦島』。腰藁を付け、魚籠(びく)を傍らに、釣竿を担いだ振袖の娘が大きな亀にのっているのは、浦島太郎が竜宮城へ向かう姿の見立絵です。華奢で優美な娘の姿が愛らしいです。初版は明和2年の絵暦で、亀の輪郭に文字が隠されていたとあります。

今回の作品は、第2版。もともとは、亀のまわりの波が青花(露草)の青色で摺られていたようですが、現在は退色のためその線がわずかにところどころ茶色見えるだけです。青色が消えています。

消えた青色(露草色)

さて、多色摺りを見たくて、今回見に行きましたのに残念です。 青色(露草色)は、退色していました。
でも露草色ってどんな色でしょう?

露草色ってこんな色です

露草色

この色が当時亀のまわりの波のところに摺られていたのですね。意外に明るく鮮やかで、びっくりです。もしかしたら、この作品はわたしの想像以上に鮮やかな色彩だったのかもしれません。

では、わたしの肉眼では、波の線が茶色っぽく見えたのは、どうしてでしょう?
じつは、青花(露草色)は、湿気にふれると青~黄褐色、または薄茶色に変わり、また、摺る前の藍紙の古さによっても変わってくる、とあります。つまり、私が見た茶色の線は、露草色が退色する前の段階というわけです。
青色が退色してなかったら、こんなのかなぁ

見立浦島 鈴木春信

最後に

青色がきえた!から始まった本展の鑑賞でしたが、露草色は、当時の友禅の下絵にも使われており、当時の春信も色が消えていく(退色)ことがわかって使用していたように思われます。また、耐久性がなくてもその後に1820年代に人工顔料であるベロ藍が登場しても浮世絵師たちは、好んで使われ続けていたと書かれています。
この露草色は、江戸の浮世絵師たちを魅了する色だったように思えました。

この記事のライター

aloreライター片桐です
1964年生 既婚 愛知県一宮市住在 会社員
<好きなこと>
美術鑑賞/本、雑誌を読むこと/能のお稽古/着物を着ること/レトロな喫茶店に行くこと/テンションのあがる音楽/人の話を聞くこと/
<取得資格>
国際カラーデザイン協会 カラーデザインマスター/日本カラリスト協会 1級パーソナルカラーリスト/色彩診断士/東商カラーコーディネーター1級(環境色彩)/アートエバンジェリスト/日本色彩学会会員

アート&色。お手すきのときにお読みくださいね。
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