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フェルメールは「いい人」か?

フェルメールは「いい人」か?

フェルメールは性格がいい?

フェルメールってどんな人?

彼の作品についての解説は多いが、実は人物像についての説明は数が少ない。

そこで、作品を基に彼の性格を考えてみよう。

フェルメール作品は「説教」である

誰しも他人から「説教」を受けるのは嫌なものだ。そして一度「説教」を受けると、相手に対して嫌悪感を抱いてしまうことも少なくない。

それなのに、世界的に人気のあるフェルメール作品には、実は「説教」が込められていることが非常に多い。よく「メッセージ性が強い」と言われる彼の作品だが、当時の「メッセージ」といえば、宗教的な「説教」のことである。

例えばこの作品に込められている「説教」は何であろうか?

ヨハネス・フェルメール 《恋文》 1669-70年頃 油彩・キャンバス 45×38.5cm アムステルダム国立美術館

楽器と手紙を持って座っている女主人とその傍らに立つメイドがこの作品の主人公である。

女主人が手紙の内容についてメイドと話し込んでいる。当時、色恋のシンボルでもあった楽器を手にしているところから、その手紙が恋文であることは容易に想像ができる。また、壁にかけられている二枚の絵から、差出人である男性は遠くに出かけており、女主人の心中はおだやかでないことも読み取れる。

一方で部屋の手前には掃除道具が無造作に置かれている。このメイドが「やるべき仕事」をサボって色恋話に熱中しているのは明らかだ。

当時のオランダでは、キリスト教の教え(プロテスタンティズム)によって、身の回りの仕事をきちんと果たして実直に生きることが美徳とされていた。

つまり、本作品には「色恋沙汰を戒める寓意」が込められているのだ。

しかし「寓意が込められている」といえば聞こえはよいが、フェルメールは当時の鑑賞者に作品を通して「説教」をしているとも言えるだろう。

このような作品は、当時のオランダで本当に「受けた」のだろうか?

受けがよかったフェルメール

「説教」めいた作品を多く描いたフェルメールだが、彼自身は17世紀オランダ社会の中でずいぶんと受けがよかったようである。弱冠21歳にしてデルフトの聖ルカ画家組合に親方として登録され、30歳のときには組合史上最年少で聖ルカ組合の理事に就任している。

では、当時の人々はなぜフェルメールの作品を認め、そこに込められた「説教」に対して「あなたに言われたくない」とそっぽを向かなかったのであろうか?

私は、その理由にはフェルメールの性格が大きく関わっていると思っている。

フェルメールの性格のよさはどこからわかるか?

先に書いた通り、フェルメールは聖ルカ組合で一目置かれた存在になっていた。

技術的な部分は当然のこと、人間としても成熟していなければここまでの「スピード出世」はなかなかできることではあるまい。

もちろん、当時のオランダを席巻していたプロテスタンティズムが「説教」の受け入れに大きく影響していたことは確かである。しかし、それだけでは他の多くの画家たちとフェルメールとの間の違いを説明できないのだ。

他の画家たちも「説教」を込めた作品を多く描いていたからである。

フェルメール自身が他の市民や画家たちから「人格者」だと認められていたからこそ、そして信頼されていたからこそ、作品は受け入れられたのだと私は思う。

「フェルメール像」を考える楽しみ

フェルメールの作品解説はあまたあれど、そこに書かれている彼の性格的な部分はごくわずかだ。

それは「分かっている部分」があまりに少ないからというのが理由なのだが、そうであれば「分かっていない部分」を想像力で補うことはとても面白い。

画家として大成し周囲からの信頼も厚かったフェルメールは、きっと性格的にも「できた人」だったのだろう。

あなたはどんな「フェルメール像」を抱くだろうか?

フェルメール展HP

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この記事のライター

aloreライターmilkhoppy
<出身>
仙台生まれの東京・川崎育ち。

<所有資格>
アートエバンジェリスト、美術検定2級、教員免許。
 
<意気込み>
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