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『たそがれ清兵衛』
田中泯の場踊りでは「誰も寝てはならぬ」

『たそがれ清兵衛』田中泯の場踊りでは「誰も寝てはならぬ」

-たそがれオヤジの『たそがれ清兵衛』鑑賞法は田中泯

『たそがれ清兵衛』は藤沢周平原作の時代劇映画で、登場人物達が巧みに操る庄内(山形)弁も評判になり、様々な映画賞を総なめにしたように映画としての評価も大変高く、この後続々と藤沢時代劇に基く映画が作られるはしりとなりました。私としては、この映画は何よりも田中泯を観るべき映画だと思うのです。

-止まるところを知らぬ田中泯の快進撃

田中泯がメディアによく取り上げられるようになったのは、おそらく1990年代前半位からで、クラシックコンサート会場で『春の祭典』や『カルミナ・ブラーナ』等、刻むようなリズムの曲の演目時に壇上で裸で踊っていました。新聞(「音楽欄」)評等は高かったものの、その会場に居合わせた観客達は「今日は音楽を聴きに来たんで、オヤジの裸なんかは見たくないんだけど…」といささか引いていたように感じられました。(ドン引きされていた方もけっこういたかもしれません)

それが、この『たそがれ清兵衛』でのタイトルロールを演じる真田広之の敵役としての映画デビューによって世間一般からも大評価を受けました。その後の活躍はご存じのように大河ドラマから朝ドラまでと幅広く、昨年の森美術館『村上隆五百羅漢展』関連イべントの一つ「場踊り」のチケットは発売開始早々僅か一分程で完売しまう程の人気振りでした。

私も何とかそのチケットを入手して、「場踊り」を観に行きましたが、展示会場内五百羅漢図の前で渾身の踊り(羅漢の衣裳をしっかりとつけていました)を披露してくれた田中泯は、終演後壁面の五百羅漢を指差し「今晩は皆さまの為にだけではなく、彼らの為にも踊ったのです」と観客に挨拶した後、五百羅漢の方に向き直って「俺はこうなれなかったから、踊っているんだ…」とぼそぼそとつぶやく汗だくの姿は「あまりにも恰好良すぎるぞ田中泯!」の世界でした。

-話は脈絡もなくイタリアオペラに

プッチーニの遺作は『トゥーランドット』というオペラ作品で、主人公カラフ王子役テノールによって歌われる劇中の名アリア「誰も寝てはならぬ」は単独でオペラアリアコンサートの目玉となる程の人気曲です。王子がトゥーランドット姫に出す謎「私の名前を当てよ」(日本を含む世界中の民話によく見られる名前当ての謎解き)に対し、姫がピン、ポン、パンという名前の三人の大臣達を始めとする北京全土に、この謎が解けるまでは誰も寝てはならぬぞときつく命じる台詞にアリア名はちなみます。

この旋律は全曲の半分位にあたる二幕の終盤で予告編のように変奏で顔を覗かせ、三幕では作品のクライマックスシーンとしてカラフ王子が朗々と歌い上げ、エンディング(プッチーニ絶筆作品のため弟子による補作)ではこの名旋律の大合唱で幕となります。

-名アリアと田中泯とのシンクロダンス?

『たそがれ清兵衛』での田中泯の登場シーンはまさにこの「誰も寝てはならぬ」ではないかと、この映画を初めて観た時に私には感じられました。映画の中盤あたりで、逆光でそのシルエットだけを清兵衛や観客の前に晒して関心を大いに引き、終盤には強烈な印象を残しながら主人公清兵衛とがっぷりと立ち合う様は、オペラの中でのこのアリアの出てきかたそのものではないかと思えたのです。

「誰も寝てはならぬ」は確かに名曲ですが、昔は今日のようにコンサートのハイライトとなる程の超人気曲ではなく、録音もそう多くなかったように記憶しています。強引なこじつけになってしまうかもしれませんが、そんなところもこの名アリアと今をときめく田中泯の歩みがシンクロしているように感じられるのです。

-次回へのロンドはトゥーランドット姫

次回は映画監督チャン・イーモウが1998年の北京紫禁城での上演にあたり演出を務めた『トゥーランドット』の舞台製作ドキュメンタリー映画から始めてみるつもりです。

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
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