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3.『トゥーランドット』上演におけるチャン・イーモウの苦心

3.『トゥーランドット』上演におけるチャン・イーモウの苦心

-演出のチャン・イーモウについて (割れた茶碗への眼差し)

1998年夏の北京紫禁城で上演されたプッチーニ『トゥーランドット』は、正装ドレスコードでは暑過ぎたとの評もありましたが、10年後の2008年北京五輪開会式を演出することになる世界的映画監督チャン・イーモウの演出であることが話題となりました。チャン・イーモウにはコン・リーのデビューとなった初監督作品『紅いコーリャン』を始め、高倉健を起用した『単騎、千里を走る』等の名作の数々があります。年明けの深夜ドラマ『バイプレイヤーズ』でも『七人の侍』をリメイクする巨匠という設定で名前が出てきました。個人的にはチャン・ツィーの美貌が話題となった『初恋のきた道』で中盤に描かれる、ヒロイン思い出の割れた茶碗を母親が職人を呼んで継いでやる美しいシーンがやたら好きです。プログラムによるとイーモウにはこの「継ぎの技術」を映像化して遺しておかなくてはとの思いがあったそうです。

-指揮者のズービン・メータについて(今後、再登場の予感が)

この『トゥーランドット』を指揮したズービン・メータはワールドカップ開催時の三大テノールコンサートのようなビッグイべントによく登場するせいか、イベント系指揮者という言われ方をされてしまうこともありますが、『トゥーランドット』スタジオ録音があまりなかった時代に若くしてデッカレーベルに意欲的な全曲録音を残しています。私にはヴィーン・フィルとの相性が特にいいように感じられ、同フィルとのシューマン交響曲録音なんかをよく聴いています。 

-癒やしのメイク係に幸あれ

紫禁城は専門のオペラハウスではないため、冒頭にコメントした空調以外にも上演に際してのトラブルが続出した上、様々な国籍のスタッフ間の意見衝突もあり難産を極めた上演までの道のりを映画化したのがこの『トゥーランドット~チャン・イーモウ演出の世界』ですが、本番前の緊張感で一層ナーバスになったソプラノ陣にきつくあたられながらも、メイクの女性が彼女達をやさしく癒やすシーンが救いとなります。渋谷の映画館で観た時には幕間に鴻上尚史のトークショーがあり「このメイク係はいいキャラですね。でも、不思議とこういう女性ほど幸薄かったりするんですよね」とのコメントに場内は大爆笑でした。共感する方が多いのでしょうか?メイクや、衣裳係の女性というのは映画や舞台でも癒し系として描かれることが多いように感じられます。 

-シノワズリー、ジャポニズムが単なるエキゾチシズムに変容

プッチーニの他の作品で、日本人にとって『トゥーランドット』以上に馴染みある作品と言えば『マダム・バタフライ』(蝶々夫人)でしょう。美術・工芸作品と同じ様に「ジャポニズム」(日本を舞台とした『マダム・バタフライ』)、「シノワズリー」(中国を舞台とした『トゥーランドット』)ブームとの文脈で語るには時代がやや遅くれています。自分に求婚してくる男達の首をちょん切るトゥーランドット姫はサロメ、ユディット等の世紀末に流行った「ファム・ファータル」の系譜と位置付けられるのでしょうか?蝶々さんの自害も、ピンカートン側の視点に立てば現地妻に自殺されてしまった海外単身赴任男の悲哀となりますし、残された「かわいい坊や」や罪のない正妻にとってはトラウマとなってしまうことは必至でしょう。こうなるとただのエキゾチシズムではないかと… 

-永遠の蝶々さん、八千草薫

『蝶々夫人』は1958年に若き日の八千草薫のタイトルロール(歌唱は別人です。)で劇場用映画が作られています。蝶々さんには体力(ピンカートンと違ってほぼ出ずっぱり)や声量が求められるので、小山のような体型のソプラノが演じることが多く、ビックタイトルロール故に相応のキャリアも要求され、初々しいソプラノにチャンスが回ってくることは難しく、オペラハウスで私達が一般的に思い描く初々しいイメージの八千草薫タイプの容姿、年齢の蝶々さんに出会えることはまずありません。

劇場用映画とは別のジャンルのオペラ映画(舞台の記録録画ではなく、映画のように映像作品として製作されたもの)としては、ジャン・ピエール・ポネル演出作品の評価が高いです。プッチーニを得意としたカラヤンの指揮で、声楽陣もフレーニ、ドミンゴ、ルードヴィッヒと夢の顔合わせです。八千草薫映画の影響を多々受けているなと感じられるいい雰囲気の映像ですが、蝶々さんが自害しようとして父の形見の短刀を取りだそうと仏壇を開くと金の大黒様が安置されていたり、かわいい坊やの衣裳とかは笑わせてくれます。ある意味、作品が持っているエキゾチシズムを上手く映像化しているのかもと言ったらシニカル過ぎるでしょうか?フレーニは「カラヤンの女中」とまで言われていたほど、カラヤンに重用されていたイタリア人ソプラノ歌手で、美しい声の目元のくっきりした美女なのですが、それでも白塗りの蝶々さん姿はいささか苦しいように私には感じられます。

-次回へのロンドは正直苦しいです… 

メータはインド人なので森美ハルシャ展にロンドしたいところですが、開催中の企画展には触れないと初回で宣言しているので弱りました。「初々しくない」というロンドは今日ではセクハラ表現にあたり問題なのでしょうが、次回はジャンヌ・モローが初々しくない年齢(39)で花嫁役に挑んだトリュフォー映画『黒衣の花嫁』にロンドします。

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
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