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〜第4回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話

〜第4回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話

西洋美術の鑑賞に欠かせない知識がたくさん詰まった聖書の物語。
キリスト教旧約聖書には、まさに“絵になる”活躍を見せた英雄や美女たちが登場します。
今回は十戒で有名なモーセと、怪力の士師サムソンのお話を名画とともに見ていきましょう。

エジプト脱出

ノアの直系子孫ヨセフの活躍でエジプトに移り、平和に暮らしていたイスラエルびとたちでしたが、時を経ると、エジプトの民は人口を増やしていくイスラエルびとを不穏な外国人集団(ヘブライびと)として疎ましく思うようになっていきます。いつしかエジプトの民は、イスラエルびとを奴隷のように扱うようになりました。
酷い仕打ちを受け苦しむイスラエルびとを救ったのが、モーセでした。「ヘブライびとが生んだ男児は全てナイル川へ放り込め」という御触れまで出た頃に生まれたモーセは、ナイル川の葦の茂みに置かれてすぐ、水浴びに来ていたエジプト王女に拾われ、こっそりと育てられます。やがてモーセは神の声に従い、イスラエルびとを率いてエジプトを脱出。「乳と蜜との流れるカナンの地」を目指して苦難の旅に出ます。海を割るという奇跡を起こして、追いかけてくるエジプト軍から逃げ果せた話は有名ですね。道中、モーセはシナイ山上で神から十戒を授かりますが、この10の戒律に従うことでイスラエルびとは神から守られる、という新たな契約をしたわけです。

さて、モーセといえば豊かな白髪と白髭を蓄えた老人の姿で表現されることが多いわけですが、実例を見てみましょう。

アレクサンドル・カバネル《モーゼの死》(1850年)

フランスのアカデミック絵画の巨匠カバネルが描いたモーセの死の場面。よく見ると、天使に抱えられるモーセの頭に角のようなものが生えています。聖書の「モーセの角の生えた顔」という記述について、ヘブライ語の“角”は“輝く”という意味にも解釈できることから、モーセの顔は角のような光を発しているという表現が定番化されました。

レンブラント・ファン・レイン 《 モーセの十戒》(1659年、 アルテ・マイスター絵画館、ドレスデン)
レンブラント・ファン・レイン 《 モーセの十戒》(1659年、 アルテ・マイスター絵画館、ドレスデン)

こちらはレンブラントが描いたモーセ。十戒が書かれた石版を掲げています。
イスラエルの民の唯一神ヤハウェからモーセが十戒の板を授けられている間、事もあろうにイスラエルの人々は黄金の牛の像を作って勝手に拝んでいました。それを知ったモーセは激怒し、石版を人々の前に投げつけました。レンブラントのモーセは、まさに石版を投げつけようとしているところ。表情が怒りを通り越して悲しそう。

イスラエルびとが約束の地カナンに帰ってきたのは、モーセの後継者ヨシュアの時代。他民族との戦いの末、カナンを征服して農耕生活を開始。定住できる地を得たことで、イスラエルに束の間の平和が訪れます。

サムソンとデリラ

イスラエルの人々は12の部族に分かれており、それぞれ士師と呼ばれる指導者が人々を束ねていました。獅子を素手で引き裂いたという怪力サムソンや、現在も聖書布教活動をしている国際団体“ギデオン協会”に名を残す勇者ギデオンといったカリスマ士師も現れました。

ピーテル・パウル・ルーベンス《サムソンとデリラ》(1609 – 1610年 、ナショナル・ギャラリー 、ロンドン)
ピーテル・パウル・ルーベンス《サムソンとデリラ》(1609 – 1610年 、ナショナル・ギャラリー 、ロンドン)

カナンの山岳地帯に定住したイスラエルの民は、海岸平野一帯に勢力を拡大していたペリシテびと(パレスチナ人)から攻撃を受けていました。神に選ばれし“ナジルびと”として生まれたサムソンは、「髪を切らない」という神との約束のもとに怪力を授かり、士師としてペリシテびととの戦いに明け暮れていました。サムソン憎しのペリシテびとが反撃の機会をうかがっていると、サムソンがペリシテびとの女性デリラのもとに通い詰めているということが発覚。ペリシテびとの指導者たちはデリラを金で買収し、サムソンの怪力の秘密を聞き出させようとします。しかし、サムソンはデリラに嘘を教え、危機を免れます。それが続くこと3回。それでもサムソンはデリラを愛していたのでしょうか、怒ったデリラに「嘘ばっかり!あなたは私を愛していないのね!」と責められると、とうとう怪力の秘密は髪の毛にあることを漏らしてしまいます。

ルーベンスが描いたのは、サムソンが秘密を明かした後をルーベンスなりに想像して描いた情景。
酒に酔い、官能の余韻に浸り、デリラの膝の上で眠るサムソン。その髪を理髪師が切り落とします。レンブラントやクラナハも同じシーンを描いており、自らハサミを持つデリラの表情に悪女感が漂っているのですが、ルーベンスのこのデリラからは他の感情も読み取れそうですね。
(この作品に関して、中野京子さんが『中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書篇』(文藝春秋)にて詳しく読み解いていらっしゃるので、興味のある方は是非読んでみてください)
秘密を知られ、髪の毛を切られ、無力な普通の人間になってしまったサムソンは、ペリシテびとに捕まり両目を抉られ、牢獄に閉じ込められてしまいます。大喜びのペリシテびとはサムソンを散々侮辱し笑い者にしました。ところがある時、ペリシテびとがサムソンを笑い者にしようと神殿に連れてくると、髪が伸びて怪力を取り戻していたサムソンは神殿を破壊。三千人のペリシテびとを道連れに自ら命を断ちました。

さて、イスラエルとペリシテの戦いはこれで終わったわけではありません。12の部族の集合体だったイスラエルを国家として統一したダヴィデ王の時代になっても、ペリシテとは因縁の戦いがありました。
次回はダヴィデ王のお話を中心に見ていきましょう。

この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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