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〜第8回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇①受胎告知

〜第8回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇①受胎告知

これまで見てきた旧約聖書の物語は、神と神に選ばれしイスラエルの民との契約のお話でした。
唯一神ヤハウェに対し絶対的に従順であることで、民は祝福され繁栄を約束されるのでした。戒めるが如く、旧約聖書は神に背いたが故にイスラエルの民が被った悲劇を多く語りました。

新約聖書はキリスト教の経典であり、旧約聖書とセットで聖典とされています。イエスの死後40年程経た頃、イエスの伝記的な文書である福音書をマルコという人物が書いたのが最初で、それをモデルにルカやマタイ、ヨハネが各々の福音書を書きました。それら4つの福音書と使徒たちの手紙など計27の文書を、2世紀後半から4世紀にかけて集め一冊にまとめたものが新約聖書と呼ばれるものになります。

さて、旧約聖書と新約聖書がどう繋がるのか。少し振り返りながら見ていきましょう。

神から約束された土地で統一国家を築くという、イスラエル民族の宿願を果たしたダビデ王。ところが、その後を継いだソロモン王が亡くなると、イスラエル統一国家は北と南に分裂し、他国によって滅ぼされてしまいます。以降、イスラエル民族はペルシャやエジプト、シリアなどの支配下に置かれます。
イスラエス民族苦難の時代の最中、預言者イザヤがキリスト(ヘブライ語でメシア/救世主の意)の生誕について預言します。ダビデの末裔に救世主が現れる、と。

国家が滅亡しても、イスラエルの民は自分たちの信仰を見直し、ユダヤ教徒というアイデンティティを確立し民族性を保ち続けました。やがてユダヤ教徒の宗教的独立国家(主権はシリアが握ったまま)ハスモン朝ユダヤ王国が成立しますが、BC64年、シリアを征服したローマ帝国の属州となります。
その後、ローマの支持を得てユダヤの王になっていたヘロデ王がBC4年に亡くなると、ローマのアウグストゥス帝はユダヤ王国を三分割してヘロデの息子たち(アルケラオス、ヘロデ・アンティパス、フィリポ)に与えました。

新約聖書の主人公・イエスの物語は、ヘロデ・アンティパスが治めていたガリラヤの地から始まります。

受胎告知

ガリラヤのナザレという町にマリアという乙女が住んでいました。マリアは大工のヨセフと婚約中でした。その彼女のもとに、ある日突然、大天使ガブリエルが現れてとんでもないことを告げます。
「アヴェ(おめでとう)、マリア。主があなたと共におられます。あなたは身ごもって男児を産む。その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高き方の子と言われるでしょう」
おめでとうと言われても……困惑するマリアは言います。
「どうしてそのようなことが。わたしは男の人を知りませんのに」
すると天使はこう続けました。
「聖霊があなたに降り、あなたは神の子を産むのです」
マリアは天使の言葉を受け入れ、こう言いました。
「わたしは主のはしためです。お言葉通り、この身に成りますように」

フラ・アンジェリコ 《受胎告知(部分)》 (1430-32年頃、プラド美術館、マドリッド)
フラ・アンジェリコ 《受胎告知(部分)》 (1430-32年頃、プラド美術館、マドリッド)

初期イタリア・ルネサンスの画僧、フラ・アンジェリコの描いた《受胎告知》。
胸の前で腕をクロスさせ謙譲のポーズをとる有翼の天使ガブリエル。同じポーズで、慈愛を象徴する赤いドレスに真実を象徴する青いマントを着たマリア。膝には旧約聖書が置かれ、開いてあるページにはイザヤの預言「処女が身ごもって男児を生む」の一節が書かれています。
そのマリアに向かって、光の中を聖霊を表す鳩が一直線に飛んできます。鳩の側の柱の上部には神の顔が浮かび上がります。画面左では、楽園を追われるアダムとエバの姿も描かれています。

落ち着き払ったマリアの姿は、神の意志に対するマリアの完全に従順な態度を表しています。普通なら慌てふためいてしまうような状況で、その人間性を排し神の言葉をただ素直に受け入れる。それをよしとするのが、教会の教えというわけです。

ところで、マタイの福音書では、天使はヨセフの元へも現れます。

自分には身に覚えがないのに、許嫁のマリアが懐妊してしまった。いっそ縁を切ろうかと思い悩んでいたヨセフの夢枕に天使が降り立ちます。
「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアを迎え入れるがよい。マリアの胎の子は聖霊によって宿った。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」
眠りから覚めたヨセフは天使の言葉を信じ、その言葉通りマリアを妻として迎え入れました。

アントン・ラファエル・メングス 《聖ヨセフの夢》 (1773-1774 美術史美術館、ウィーン)
アントン・ラファエル・メングス 《聖ヨセフの夢》 (1773-1774 美術史美術館、ウィーン)

ドイツ人画家アントン・ラファエル・メングスはスペイン王カルロス3世の宮廷画家で、新古典主義の先駆者の一人とみなされています。
敬虔なユダヤ教徒だったヨセフ。夢の中とはいえ神の使いの言葉は絶対です。まして英雄ダビデの子と言われて嬉しくないはずはありません。
圧倒的に存在感の薄いマリアの夫ヨセフですが、このエピソードのおかげでちょっとだけ親近感が湧いてくるような気がします。

この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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