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〜第10回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇③イエスの受洗

〜第10回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇③イエスの受洗

12月に入り、いよいよクリスマスムードも高まってまいりました。
ユダヤの民の救世主として、生まれて間もなく羊飼いや東方の三博士らに拝まれたイエス。その後、イエスはどのように自らの使命を悟り、教えを人々に広めるに至ったのでしょうか。

大工の息子

東方の三博士の来訪の後、「自身の地位が脅かされることを恐れたヘロデ王が、イエスの命を狙っている」と天使に告げられたヨセフは、家族を連れてエジプトへの逃避を余儀なくされます。ヘロデ王が亡くなったのを見計らって、一家はナザレの町に帰ってきたのでした。
12歳の時に学者たちを相手に大人顔負けの論議をした、という逸話はありますが、イエスがナザレの町を出たとされる30歳頃までについて、聖書は詳しく語ってはくれません。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《大工の聖ヨセフ》(1640、ルーヴル美術館、パリ)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《大工の聖ヨセフ》(1640、ルーヴル美術館、パリ)

イエスの父(養父?)のヨセフは家造りの職人でした。ユダヤ社会で大工は律法学者や教師を兼務していたことも多く、学識者として一目置かれる存在でした。暗闇の中、大工仕事をするヨセフと、触れそうなほど近い距離で見守る幼いイエス。ふっくらした子供らしい輪郭をしたイエスの顔を照らすロウソクの灯りが印象的なこの作品は、17世紀に活躍したフランスの画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールによるもの。光と闇をドラマティックに描く明暗法を駆使したラ・トゥールは「夜の画家」とも呼ばれました。当時のユダヤの子供たちは6歳になると学校に通うようになり、また父親から生活の技術を教えられました。この絵は、その頃のイエスを想像して描いたものでしょうか。ヨセフが握る大工道具が十字架を暗示し、ただの微笑ましい親子の風景では済まされない空気を感じます。

古い伝承によれば、父ヨセフが亡くなったのはイエスが19歳の時。ユダヤの国の中でも特に貧しいナザレの町で、父から教わった大工仕事を生業に、長男であるイエスは母マリアと弟妹(もしくは従兄弟や従姉妹)を養い、敬虔なユダヤ教徒の一人として細々と暮らしていたようです。そのイエスが家族を捨て、ヨルダン川の荒野で苦行をするヨハネの教団に入ることを望んだ理由について、聖書は明確にはしていません。

ユダヤ教主流派であるサドカイ派が、かつてユダヤの国を蹂躙したローマと妥協している。それに反発する諸派が現れ、人々の心が分裂していくという危機感。そして、貧しい中で生きることの苦しみ。そういったことが青年を悩ませ、荒行の道へ突き動かしたのかもしれません。

ヨハネの洗礼

ヨルダン川で人々に洗礼を授けているヨハネという預言者がいるという。
その預言者は荒野に住み、ボロボロの布を身にまとい、イナゴと野蜜だけを食べて苦行をしているらしい。
そんな噂を、30歳になったイエスも耳にしたのでしょうか。
イエスがヨルダン川岸にやって来ると、ヨハネの話を聞こうとユダヤ全土から人々が集まっていました。
「マムシの末裔よ、迫り来る神の怒りから逃れられると誰がお前たちに教えたのだ。悔い改めよ」
神に愛された英雄アブラハムの子孫だと信じているユダヤの民たちに、強烈な言葉を浴びせるヨハネ。強い言葉に人々は心を揺さぶられ、自らの罪穢れを洗い流すため洗礼を授かろうと長い列を作りました。人々はヨハネこそが救世主だと思いました。しかし、ヨハネはきっぱりそれを否定します。
「私は水でバプテスマ(洗礼)を授けるが、私より力のあるお方がもうすぐやって来る。その方が本当のバプテスマをあなたたちに授けてくださるだろう」
そしてとうとう、イエスが洗礼を受ける番になりました。
ヨハネはイエスを見て驚き、「私こそあなたから洗礼を受けるべきです」とイエスに洗礼を授けることを断ってしまいます。しかし、イエスに熱心に頼まれて、結局ヨハネは洗礼を授けました。すると、天が裂けて鳩のような姿をした聖霊が降りてきて、「これは私の愛する子、私の心に適う者」という声が天から聞こえてきました。
こうして洗礼者ヨハネに見出されたイエスは、苦行を開始するため一人荒野へ向かって行きました。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ&レオナルド・ダ・ヴィンチ 《キリストの洗礼》 (1470-1480)ウフィツィ美術館、フィレンツェ
アンドレア・デル・ヴェロッキオ&レオナルド・ダ・ヴィンチ 《キリストの洗礼》 (1470-1480)ウフィツィ美術館、フィレンツェ

本作はヴェロッキオ工房作の有名な一枚。画面左の天使は若きダ・ヴィンチが描いたとして知られています。
十字架の杖を持ち、イエスの頭に聖水を注ぐヨハネ。洗礼を受けるイエスの上には聖霊の鳩と神の手が見えます。

イエスを見出した洗礼者ヨハネ。彼は一体どんな人物なのでしょう。次回はヨハネにまつわる物語を追っていきます。

この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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