
イエス・キリストが主人公の新約聖書。
その中で、今回は絵になるエピソードをお持ちの洗礼者ヨハネにスポットを当てて見たいと思います。
旧約時代最後の預言者
マリアが神の子イエスを身籠った時、実はもう一つの奇跡が起きていました。長年子供に恵まれないまますっかり年老いてしまっていたマリアの従姉妹のエリサベトが、突然身籠ったのです。
天使からエリサベトが男の子を産むと知らされた夫のザカリアは、「もう二人とも老人なのにそんなはずは」と天使の言葉を疑ったため、口をきけないようにされてしまいました。時が満ちて赤ん坊が生まれ、「この子はヨハネと名付けなければなりません」と言い出したエリサベトにザカリアが賛同すると、たちまち元のように口がきけるようになったのでした。
こうして誕生したヨハネはすくすくと育ち、やがて荒野で苦行の生活を始めます。

痩せこけて、伸ばし放題の髪と髭。ラクダの毛皮の服を着て、手には葦で作った十字架。ムリーリョの《荒野の洗礼者聖ヨハネ》は洗礼者ヨハネを典型的な図象で描いています。
厚い雲の隙間から射す光を、法悦に浸るような表情で見上げるヨハネ。
イナゴと野の花の蜜だけを食べ、砂と岩ばかりの過酷な環境での祈りの生活を送る日々。
何が彼を荒野へ向かわせたのか、そのあたりの経緯はわかりません。

カラヴァッジオは洗礼者ヨハネを数枚描いていますが、どれも美しい青年の姿で表されています。本作はカラヴァッジオらしい陰影の強さで、静かな画面の中にドラマチックな緊張感も漂います。影のある目つきが魅力的です(彼は私の中のベスト・オブ・ヨハネです)。
ヨハネの死、サロメの舞
苦行を続けながら、ヨハネは近づきつつあるこの世の終末と神の審判に向けて悔い改めよと語り、ヨルダン川でイエスをはじめ多くのユダヤの民に洗礼を施しました。
イエスとの出会いの後、ヨハネは間もなくヘロデ王(イエスの命を狙ったヘロデ王の息子のヘロデ・アンティパス)に捕らえられ、投獄されました。
ヨハネの人々に対する影響力の強さに脅威を感じた、ということもあったようですが、ヨハネが捕らえられた最大の理由は、ヘロデが自分の弟のフィリポの妻ヘロディアと強引に結婚したことを非難したためでした。
ヨハネを捕らえはしたものの、手を下すにはためらいがあったヘロデに好機がやってきます。
ヘロデが自分の誕生日の宴を盛大に催したとき、ヘロディアの連れ子のサロメが見事な舞を披露しました。上機嫌のヘロデは、サロメに欲しいものをなんでもやると約束します。サロメは母のもとに駆け寄り、「何をお願いしましょう」と相談したのでした。すると、母ヘロディアは一言「洗礼者ヨハネの首を」。サロメはヘロデのところへ行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と言いました。
さすがのヘロデもギョッとしましたが、大勢の家臣や客たちが見ている前で約束を違えることもできません。ヘロデは衛兵を遣わし、ヨハネの首をはねさせ、盆に載せてサロメに渡しました。サロメは、それを母に渡しました。
聖書の記述を見ていると、サロメはまだ年端もいかぬ少女なのではないかという感じがします。悪女役は母ヘロディアです。
ところが、画家たちの多くはサロメを蠱惑的な美女として描きました。

舞うサロメの前に、突如出現したヨハネの首。
モローの独自の解釈に基づいた場面設定ですが、このファム・ファタール(男を破滅に導く宿命の女)のイメージが世紀末芸術において大流行したわけです。
サロメといえば、1893年にパリで出版されたオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵に使われたビアズリーのイラストを思い出す方も多いと思います。2017年に大盛況だった「怖い絵展」でも展示されていましたね。

こちらは聖書のワンシーンとは到底思えない、ドイツ出身の芸術家シュトゥックが描いた妖しさ満点のサロメ。ファム・ファタールなサロメここに極まれり。