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〜第13回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇⑥癒しと回心

〜第13回〜西洋美術の鑑賞に役立つ聖書のお話 新約聖書篇⑥癒しと回心

イエスが奇跡をもって病気を治す物語は、イエスの活動記録の大部分を占め、実に115話にのぼります。
また、イエスはユダヤ教の律法を守ることができなかった罪人を言葉によって許し、救い、魂を更生させました。このような物語を「回心物語」と呼びます。

今回は、病気治しの奇跡と回心の物語を、バロック期の名画とともに見ていきましょう。

病気治しの物語

『ベテスダの池の奇跡』と呼ばれるお話のワンシーンを、スペインの画家ムリーリョが描いています。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《ベテスダの池で体の麻痺した人を癒すキリスト》(1667 - 1670、ナショナル・ギャラリー、ロンドン)
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《ベテスダの池で体の麻痺した人を癒すキリスト》(1667 – 1670、ナショナル・ギャラリー、ロンドン)

ベテスダと呼ばれる池がありました。
池には5つの回廊があり、そこにはいつも大勢の病人たちが集まっていました。この池は、天使が降りてきて水を動かした時に真っ先に池に入ると病気が治る、といわれており、病人たちはその瞬間を待っているのです。
イエスがここを通りかかった時、38年もの間池のほとりでチャンスを待ち続けている男に出会いました。男は足が悪く、一人では動けないのです。
「治りたいのか」とイエスに問われた男は「せっかく天使がやってきても、私を池に入れてくれる人がいないのです」と返事をしました。
イエスが「起きて、歩きなさい」と言うと、男はすぐに立って歩けるようになりました。

本作は、セビリアの慈善団体の会員だったムリーリョが、同団体の持つ病院の礼拝堂のために描いた連作のうちの一つです。
画面右上の空に光を放つ天使の姿が小さく見えます。

古代ユダヤの社会では、ある特定の病気に罹ったものは、神の呪いや穢れを受けたとして社会的制裁の対象となりました。医師ではなく、祭司の権限で診断され、治療するのか、砂漠の死の谷に隔離幽閉するのか決められるのです。
イエスの生きた時代には、病人や罪人を差別の対象とし、宗教的社会的に貶め、祭司などの支配層の権限を保つやり方は、戒律を重んじユダヤ律法主義の復活を唱えるパリサイ派の勢力拡大によってさらに悪化していたようです。
病人や罪人という社会の底辺に追いやられた人々を救って回るイエスの活動は、ローマ帝国傀儡政権による重い税の取り立てに苦しみ、貧困と病に苛まれ不安を抱える民衆から歓迎されました。
辺境の地ガリラヤを中心としたごく狭い地域で活動していたイエスの噂は、やがてユダヤ全土に広まり、人々は待望の救世主、メシアがついに現れたかと期待しました。

一方で、エリート意識が強く貧しい民衆を蔑視していたパリサイ派や、王族や大司祭などの特権階級が属するサドカイ派は、イエスの人気が上がるにつれ、政変が起きるのではないか、自分たちの立場が危うくなるのではないかと不安を募らせていました。

回心の物語

イエスはパリサイ派と度々衝突しています。

エルサレム東方のオリーブ山の神殿で布教活動をしていたイエスのもとに、律法学者やパリサイ派の人々が姦通罪で捕まった女を引っ立ててやってきました。
「モーセの律法には、このような女は石で打ち殺せとあるが、あなたはどう思うか」
律法に背くようなことを答えれば、イエスを逮捕する口実になります。
しばしの沈黙ののち、イエスは答えました。
「あなた方の中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げつけるがよい」
イエスの言葉に反論するものはなく、女を連れてきた人々は黙って帰って行きました。
取り残された女に、イエスが言いました。
「あなたを罰するものは誰もいない。私もあなたを罰しない。もう同じようなことは繰り返さないように。さあ帰りなさい」

レンブラント・ファン・レイン《キリストと姦淫の女》(1644、ナショナル・ギャラリー 、ロンドン)
レンブラント・ファン・レイン《キリストと姦淫の女》(1644、ナショナル・ギャラリー 、ロンドン)

白い衣を纏い、涙を流しながらイエスの前に跪く罪人の女。
女の顔を隠していたであろうベールを左手につまみ上げながら、イエスを罠にはめようと問答を仕掛ける黒衣のパリサイびと。
女を見つめるイエス。
まるで舞台上でスポットライトを浴びているかのような、ドラマチックな描写。
バロック期を代表する画家の一人であるレンブラントは、明暗の劇的効果と人物の情感を感じさせる緻密な描写でこの物語を描きました。

 

さて、辺境の地ガリラヤで活動していたイエスですが、敵対するパリサイ派とサドカイ派の本拠地とも言える聖都エルサレムに入城してから受難の物語が始まります。
イエス最後の一週間は、また次回。

 

この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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