AE-Salon Webマガジン「alore(アローア)」

モネが《印象・日の出》で表現したかったものとは?

クロード・モネ《印象・日の出》1872年

「不自然」な作品

「印象派の原点」ともいうべき、この作品。

見ていて不自然さを感じないだろうか?

描かれているのは、19世紀末のル・アーブル港の風景。

それなのに・・・。

モネの「印象」の基礎

モネは、1840年11月14日、パリの下町で食料品店の長男として生まれた。

しかし、父親の商売の都合で、彼はまだ5歳の時に、一家でノルマンディ地方(フランス北西部の海沿い)のル・アーヴルに引っ越した。

以後、彼は少年時代の大半をこの町で過ごすこととなる。

少年時代、決して「品行方正な優等生」というタイプではなかった。むしろ、その反対に腕白者であった彼は、よく学校を抜け出しては、外で遊びまわっていたようである。

彼は、後になって、「少年時代に見た太陽や、海や、澄んだ空気が、自分を牢獄と同じもののように思われた学校から解放してくれた」という主旨のことを語っている。

おそらく、ノルマンディでのこの少年時代こそが、彼の自然に対する「印象」の基礎を築いたのだろう。

しかし、その「印象」が、後になって、彼の作品や彼自身を苦しめることになるのは、周知のとおりである。

「近代」と「前近代」の同居

冒頭に述べた通り、《印象・日の出》の舞台は、近代のル・アーブル港だ。

ただ、それにしてはあまりに不自然である。

画面奥には、工場が立ち並ぶ「近代」の風景が、手前には、手漕ぎのボートが行き交う「前近代」の風景が描かれている。

ただ、両者は、いくらなんでも、「時間軸」が違いすぎる。

しかし、見方を変えれば、「一つの作品に二つの時代が同居している」ということも出来よう。

「海」と「太陽」が表す「近代化」とは?

「前近代」と「近代」が同居している《印象・日の出》。

その間にあるのは、大きく広がる「海」のみである。

この作品でモネは、おそらく無意味に「海」を描いてはいない。

「時代の流れ」の象徴として、画面手前から奥へ進む「時間軸」の役割を「海」に持たせている。

そして、「太陽」や「日の出」というタイトルも、この「同居」と無関係ではあるまい。

古い時代から新しい時代への大きな変換を、そして、その新時代に対する大きな希望をこそ、モネは「太陽」にこめたのではないか?

だからこそ、「日の出」なのではないか?

モネが本当に表現したかったのは、「近代」という「新時代の到来」と自身の「大きな希望」であろう。

おしまいに

急速な近代化によって様変わりしていった、当時のル・アーブル港。

モネが、自身の故郷でもあるこの地を描いたのを、私には偶然と思えない。

時代の変化を最も敏感に感じ取れるのは、誰にとってもおそらく故郷であろうからだ。

自分の故郷の大きな変化を目の当たりにしたとき、それに驚き、哀愁を感じながらも、未来への希望を抱くのは、誰しも同じなのだと、私は思う。

この記事のライター

aloreライターmilkhoppy
<出身>
仙台生まれの東京・川崎育ち。

<所有資格>
アートエバンジェリスト、美術検定2級、教員免許。
 
<意気込み>
「正確なインプットと分かりやすいアウトプット」を、常に心がけ、頑張りたいと思います。
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