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花火シーズン到来!浮世絵で江戸の花火をみてみよう

花火シーズン到来!浮世絵で江戸の花火をみてみよう

台風接近で開催が危ぶまれた今年の隅田川花火大会でしたが、無事に開催されてホッとしました。
なんとなく、隅田川に花火が上がると「夏が始まったなぁ」という感じがします。

いまや恒例となった隅田川花火大会。
その前身となる「両国の川開き」は、両国橋上流で行われていました。
始まりは8代将軍吉宗の時代。享保17(1732)年に起きた大飢饉と疫病の犠牲となった人々の鎮魂、そして悪病退散を祈るため、幕府は翌年の5月28日(旧暦)、大川(現在の隅田川)で水神祭を行いました。その際、幕府の許可を得て両国橋周辺の料理屋が花火を上げたことが両国花火の起源といわれています。
やがて町人が経済力をつけ、大店の旦那衆が競って花火のスポンサーになると、旧暦の5月28日の川開きから8月28日の川仕舞いまでの納涼期間中、夜毎花火が上げられるようになりました。
「両国の川開き」は昭和36年まで続きましたが、交通事情の悪化等に伴い長らく開催ができなくなり、昭和53年になって「隅田川花火大会」と名前を改めて復活を遂げました。

風景画の名手、歌川広重が晩年に手がけたシリーズ物「名所江戸百景」のなかに、両国の花火を描いた浮世絵があります。

江戸っ子も熱狂した両国の花火

 

歌川広重「名所江戸百景 両国花火」安政5(1858)年8月 版元:魚栄(初摺)
歌川広重「名所江戸百景 両国花火」安政5(1858)年8月 版元:魚栄(初摺)

パッと開いた花火の明るさが印象的な、「名所江戸百景 両国花火」の初摺。
縦長の画面を生かして、空から俯瞰で見た景色で花火の高さも感じられるように描かれています。高層ビルもヘリコプターもドローンもない時代、どうしてこの構図を描けるのか不思議でなりません。
弧を描く花火の跡も目に付きます。その下に見える両国橋には、たくさんの見物人の姿が。暗くて見えにくいですが、対岸の地上にもたくさんの人影らしきものが描きこまれています。
船の上から見物している人たちもいます。よく見ると、屋根があったりなかったり、大きさも様々で、乗れる船にもランクがあったようです。提灯がぶら下がった大きな船に乗って花火見物をするのは、大店の旦那衆でしょうか。方や、彼女にサプライズで有料観覧席を用意して気を引こうとする現代の男子諸君のように、なんとか小舟を用意して「今夜こそは」と意気込む江戸の若者もいたかも?

ヒュ〜と花火の上がる音、一瞬の静寂、ドーンという破裂音。人々の歓声、ざわめき。

花火そのものを大きく取り上げながら、それを見上げる市井の人々の生活にも思いを寄せさせる名画です。

しみじみと味わう花火

「名所江戸百景 両国花火」には、同じ版木を使って色使いを変えた別バージョンがあります。

歌川広重「名所江戸百景 両国花火」安政5(1858)年8月 版元:魚栄(後摺)
歌川広重「名所江戸百景 両国花火」安政5(1858)年8月 版元:魚栄(後摺)

先ほどの図版が世に出た後に摺られた(後摺)とされるこちらの浮世絵。
花火の明るさが抑えられ、花火の粒ひとつひとつが星のように夜空に輝いています。
初摺に比べると、いくらか寂しげな感じがするかもしれません。
大勢の人が集まる花火大会の熱狂、というより、花火の儚さ、祭りの後、夏の終わり……そんなイメージでしょうか。

花火といえば夏の風物詩ですが、前述したように江戸時代の両国では旧暦の8月28日まで花火が上がっていました。
旧暦の8月の終わりは今の10月上旬にあたります。
名所江戸百景の目録には、収録されている119図が四季毎に分けて列挙されており、「両国花火」は秋の部の最後に掲載されているそうです。
そう思ってみてみると、この花火はその年の最後の花火かな、なんて想像もできます。

このシリーズが出版された安政5年は、明治維新の10年前。目まぐるしく変わりゆく幕末の江戸を生きる当時の人々には、哀愁漂う秋の花火の方が心に沁みたかもしれません。

初摺の方がいい、とも限らない?広重のこだわり

浮世絵は木版画ですので、同じ絵柄を大量に摺ることができますが、摺れば摺るほど版木は劣化していきます。
よって、より先に摺られたものの方が美しいとされ、珍重されるのが一般的です。
また、浮世絵師は初摺制作には関わりますが、それ以降は版元に全てゆだねてノータッチという場合がほとんどでした。「流行っているから」という理由で全く違う色に変えられて後摺が出版されてしまう、なんてことも起きていたようです。
ところが、どうも広重は後摺にも積極的に関わっていたようなのです。
広重は浮世絵制作に関わる彫師や摺師の扱いが上手く、版元の意向をよく聞きながら描いていたといわれています。
「東海道五十三次之内 日本橋 朝之景」には登場人物が増えた第二版があります。出版してみたものの、「日本橋だったらもっと賑やかにした方がいいんじゃない?」とでもなったのでしょうか、広重が監修に関わって改変したとされています。
また、「東海道五十三次之内 蒲原」の摺りの調査からは、背景のぼかしの入れ方にこだわって改変されたものの、やっぱり元に戻すことになったらしい、という、広重たちの試行錯誤の様子がわかっています。
関係者とコミュニケーションをとりながらより良いものを作ろうとした広重の浮世絵は、後摺の方が当時の人々の心を映した表現ができている場合もあるのかもしれません。

心を映す、花火

改めて、「名所江戸百景 両国花火」の初摺と後摺を見比べてみましょう。

どちらにもそれぞれの味わいがあります。
みる人によって、またその人の心の状況によって、どちらに惹かれるか変わってくると思います。

今のあなたは、どちらの花火に惹かれますか?

この記事のライター

aloreライター橘高あや
千葉県在住。アートエバンジェリスト。美術検定2級。楽しい美術鑑賞の伝道師を目指して精進中。
得意分野は浮世絵と宗教画。絵画から物語を読み解くことが好き。
趣味は読書と料理、御朱印集め。
好きな言葉は温故知新と不易流行。古きものも新しきものも、一時の流行からも学び取り面白がれる人間が理想。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。作品との対話は自分との対話。思いもつかないような多種多様な表現と出会い、それに対する自身の反応から、自分に対する新たな発見を得ることができます。異なる価値観を知り理解することは、他人への理解や許容につながります。アートと付き合っていると、自分にも人にも優しくなれる気がするのです。閉塞感に苛まれる現代社会をアートの力で変えていけたら。そんな思いでおります。
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