AE-Salon Webマガジン「alore(アローア)」

20世紀からやってきたタヌキ型ロボット、懲りずに年末のイタリアを行く

20世紀からやってきたタヌキ型ロボット、懲りずに年末のイタリアを行く

旅の当初目的

1.この季節ならではのプレゼーピオ巡り
ローマのツアーホテルがチェントロ(中心地)から離れた空港寄りの立地なので、大晦日のナヴォーナ広場プレゼーピオ市を訪れることは諦め、その分各地のプレゼーピオを思いっきり観て廻る
2.ジェラート三昧(これも時節柄かも)
20世紀の欧州旅行では各地のジェラートを食べ歩いていた私が、昨年のオクシタニアでは夏なのにジェラテリアに一度も寄りませんでした。コーン派の私としてはジェラートがすぐに溶けて手元に垂れてくるのを避けた為でしたが、その心配がない12月とあらば心置きなく♡
3.白地図をぬりつぶすべく街々の探訪
定番観光地を外して初訪問となる街々を一週間で駆け巡るツアーでしたが、「フランス料理」「イタリア美術」等の国単位ではなく、州や県単位で料理やアートを捉えるようになった今日、先ずは白地図を埋めていかなくてはです。日暮里裏通りにあるカウンターだけの小さな店でも「修行してきたプーリア料理屋です」とシェフが誇る時代なのですから。

これらの目的の結果につきまして、以下に綴ります。

プレゼーピオ

バス出入りの時短目的と思われるロケーションでしたが、「大晦日のローマにいてチェントロに行かないという選択肢はないやろ」と、ツアー最終日に鶴瓶のCMモードに入った私は、ローマのホテルと交渉し私一人の為に最寄りの地下鉄駅(車を飛ばして15分程度)まで無償で往復シャトルバスを仕立ててもらいました。帰りが不安だったので、往きの下車時に22時半にここで待っているからよろしくとドライバーに念を押し、帰りは人気もなく真っ暗な駅横のベンチで『ニューシネマパラダイス』のワンシーンの如く大晦日の夜に鳴り響く花火の音だけを淋しく聴きながら待っていたら、何と5分前に迎えに来てくれました。イタリア人も見上げたものです♡ 『フェリーニのローマ』でも描かれたように、掘り進める毎に古代ローマ遺跡にぶち当たる難工事だったローマ地下鉄は車内が明るく、運転本数も多く、快適に大晦日の夜の街灯りの中を地図もなしに彷徨ってきました。LED普及前のコンドッティ通りの夜は松明が灯り、スペイン広場階段では『ローマの休日』を気取ってジェラートを食べてもOKだったなと20世紀を懐かしんでいたら、伊語と西語の区別もつかなかった頃に予約なしでふらりと入ったリストランテに出くわしたりしました。前年のナヴォーナ広場プレゼーピオ市は運営上トラブルで出店減だったそうですが、今年も夜間開いているプレゼーピオのブースはなく、20世紀との再会とはなりませんでした。まあそんな懐かしい想い出に浸りながら、やっと20世紀に別れを告げてきました。

各地プレゼーピオの写真をいくつか添付します。「黒いマリア」も見つけ、ルルドのキャンドルイべント終了時に熱い握手をしてくれた肌の黒い女性のことを懐かしく思い出したりもしていました。

ジェラート

「ドンドリ」の行列は店内スタッフ数が多く比較的早く進みます

日本でサイトをチェックした時には12月はクリスマス休暇でクローズとあったサンジミニャーノの世界チャンピオン・ジェラテリア「ドンドリ」が、12/26~1/6の期間は特別なのか、現地を訪れるとラッキーなことに長い行列が出来てました。一回目は地元特産フレーバー「ヴェルナッチャ」と「サフラン」に、二回目はオーソドックスに「ヴァニーリャ」と「ティラミス―」にトライしてみたところ、「サフラン」がなかなかでした。

昨年12月に日本に初上陸した「ヴェンキ」は銀座で一時間待ちの行列が続いている(先日の雪の日も混んでました)ようですが、イタリア本国では並ばずに済み、私には「ヴェンキ」の方が「ドンドリ」より美味しいように感じられました。3フレーバーをオーダーしたミラーノ・マルペンサ空港(2店も出店!)では「いいチョイスね!自慢のラインナップなの」とスタッフが褒めてくれました。流石にジェラートは持帰れないので、チョコを感性の瑞々しい方にお土産として差し上げたら、「イタリアの風を感じる」と素敵な感想を下さいました。

アート

「アート」に触れるのが遅くなりました。前述のように12/26~1/6のクリスマス休暇期間故か美術館は何処でも我が国の若冲展ばりの大混雑の上、イタリア男性はチケット売場のお姉様に何かと話しかけるので行列は遅々として進まず(笑)、各地所縁マントヴァのジュリオ・ロマーノ展、ジェノヴァのベルナルド・ストロッツィ展等は諦めざるを得ませんでした。今回訪れた中では唯一の大都市ボローニャも早朝にしか自由時間が取れなかったので、各美術館やエトルリア展を開催していた考古博物館に入館出来ませんでした。ボローニャ駅からは列車30分弱でフェラーラ(マントヴァに嫁いだイザベラ・デステの出身地、チェーザレ・ボルジアの妹ルクレツィア(ボルジア家の毒草)の嫁ぎ先の一つ(笑)、そしてデ・キリコのモチーフ等々アートファンの聖地?)駅に移動出来ますし、ボローニャでは品揃えのすこぶる良いスーパーや洗練されたショッピング街も見つけましたので、アートトランジットでボローニャを起点とした「アートツアー」をご検討戴けないかと期待しています。日本で大人気のモランディもボローニャ生まれですよ!(マニアックですが、かのパゾリーニも)

旧モデナ公国のエステンセ美術館(「イタリアで最も美しい美術館」と言われています)、旧パルマ公国の国立絵画館は流石かっての一国の中心とあって見応えのあるラインナップでした。パルマ国立絵画館には豪華絢爛たるファルネーゼ劇場があり、小レンブラント展まで開催されていたのですが、手すり塗装を開館時間内にやっていて「ノントカーレ」と言われてしまい、日本ではあり得ない凄さも感じてしまいました。(笑)

第二次ジャポニズムの時代なのかも

 

オクシタニアでも感じていたのですが、レストランやホテルロビーでは和テイストが目につきました。第一次ジャポニズムは1869年のスエズ運河、アメリカ大陸横断鉄道開通の後に、ジューヌ・ヴェルヌ『八十日間世界一周』が著わされるという様に日増しに世界が狭くなっていく中での動きだったのでしょうが、20世紀末からのインターネット普及で、日本の良さが今日再認識されているようです。成田空港や谷中銀座でも外国人向けに日本茶が沢山売られていますし、マルペンサ空港では安っぽい寿司パックが20€(高!)で並んでました。美味い寿司が手頃な価格で普及してくれば、普及にもっと拍車がかかるのではないかと思います。

日本が誇るアニメも”「FIAT500」はルパン三世の愛車”は何処でもすんなり通じましたし、ドライブインに停車中のトラックにもキャラターが描かれていました。サンマリノ共和国では、ワインのエチケット(写真を撮り忘れました)にもなっていて、この地がTVシリーズの舞台になったことも影響しているようです。若い頃にホテルのテレビで観た時は、銭形への「とっつあ~ん」の呼掛けが「シニョーレ~」と吹き替えられていたことを懐かしく思い出しました。(当時はこの位しか聞き取れませんでした)

マタイ伝とフェデリコ

ご承知のようにイタリア共和国での観光ガイドは厳しい国家試験をパスした知性、品性、感性を備えた逸材揃いです。特に今回チンクエテッレをガイドして戴いたマテオ氏は流石エバンジェリストの代表格「聖マタイ」の名を持つだけあって素晴らしいガイドぶりでした。心優しい彼から拙い伊語を褒められた私は、調子に乗ってポール牧の十八番「マタイ伝」(跨いでん)ギャグを飛ばそうかと思ったのですが、神父コスチュームと語学力不足に気づき思いとどまりました。(笑)

アリタリア航空(日本での評判はあまりよろしくないようですが、このフライトが楽しいと感じられないとイタリアも楽しめないのでは?私は日本未公開のミケランジェロの生涯(カラーラの石切り場でのミケランジェロとヴァザーリが主要な登場人物で、ミケランジェロの代表作が美しい映像で次々に登場)の映画を機内で繰返し観て、機内食のラザーニャも美味しく戴きました)の機内誌で、今年は映画監督フェデリコ・フェリーニの生誕百年に当たることに気づきました。元旦アップのaloreでは触れませんでしたが、是非イベントをやってみたいなと思います。

その他おまけの写真

ラヴェンナの街はモザイク尽くし!窓辺の猫でさえも(デュシャン風に)
ピエンツァ4つの小路の名は「幸運」「愛」「キッス」そして「暗い」… 理想都市で悟る人生の真実

 

この記事のライター

aloreライター春山博美
2008年に美術検定1級合格、2009年東京都美術館で開催された『美術館名品展』にてアートナビケーターとして初ボランティア参加。
その後、美術アカデミー&スクールが主催するART LABO等で研鑚を積みつつ、2015年に初代アート・エバンジェリスト認証を取得。週末は冬でも汗だくで専ら美術館・画廊を巡っている。
ガイド歴はDIC川村記念美術館、朝倉彫塑館等の個性ある美術館を好み、また「アトリエ巡り」として新宿落合地区での中村彝、佐伯祐三の西洋画アトリエ、川端龍子記念館での日本画アトリエ等の紹介を得意とする。
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